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文学作品には読者の想像力を喚起する仕掛けがある

能地 克宜 能地 克宜 明治大学 文学部 准教授

汎用性のある力を養う文学部の学び

 それに対して、文学的文章は、テクストだけでなくコンテクスト(文脈)も同時に重視するもので、文脈によって、先にも述べたように、文字だけではイメージできない空白部分を想像したり、また、着目する視点によって、様々な物語を抽出することが可能な文章です。

 つまり、読者ひとりひとりが、それぞれの視点で解釈することが可能になるのです。すると、それぞれが独自の解釈を持ち寄って議論することもできるようになります。

 その議論では、自分が、なぜ、そのような読み方をしたのか、相手が納得するような説明をしなくてはなりません。

 それは、ディベートのように、勝敗をつけるように納得させることではなく、Aという視点や枠組みの中で読むと、A’という読み方になるという説明に納得してもらうということです。そのとき、B’という読み方になるという説明では納得は得られないかもしれません。

 すると、文学作品を読むということは、文章に対して自分なりの読み方や解釈を行うとともに、それを他者に説明し、納得してもらうために、それこそ実用的文章を作るという、ふたつの作業を経験するということにもなるわけです。

 一方、Cという枠組みで読むとC’という読み方になることを説明する人もいます。その説明がお互いに納得できるものであると、それは、ひとつの文学作品に対して、自分ではまったく考えていなかったような視点や枠組みを教えあうような形になるわけです。

 すると、それは、多様性であるとか、多視点のものの見方に触れることになり、議論の結果、納得してもらえたことによって自信が得られるとともに、自分の見方が多様な見方のうちのひとつであることを知ることにもなります。

 特に、最近の若い世代は、コミュニケーションやプレゼンテーションの能力を高めることが大切だと言われます。

 そのためには様々な訓練の仕方があると思いますが、ひとつの文学作品を読み、自分の知識や経験を基に想像力を活性化して独自の読み方や解釈を行い、それを他者に伝えるという一連の作業は、まさに、その有効な訓練になると思います。

 実用的な文章を重視する教育や訓練は、先に述べたように、ひとつの正解がないことに対する不安を払拭するがゆえに、支持される面があると思いますが、そこには、読み手を誘導し、偏見を助長する仕掛けを忍ばすことができる恐れがあるのです。

 それを読み解く能力は、文学的文章に触れて独自の解釈を行うとともに、議論やコミュニケーション、プレゼンテーションを通じて培うことができるのではないかと思います。

 社会を持続させるためにも大切であるという多様性は、一方で、私たちにとって不安定な状況を現出することもわかってきました。

 そのとき、ひとつの正解に依存することで安定や安心を得ようとするのではなく、不安定を前提として、そこでどう生きていくのかを考えることが大切になります。その意味で、文学部の学びが果たす役割は大きいと考えています。

 書かれたものや目に見えるものが自明であることを前提として研究を進めていく学問分野の学生も、文学研究を一例とした文学部の学びのように、考え方やものの捉え方を学ぶことで、この社会を生きていく汎用性のある力を養うことができるのではないかと思います。

 最近、現役をリタイヤした人たちが地域の読書会などに参加するケースが増えているといいます。

 若い頃に読んだ作品をあらためて読んでみると、違った印象を持つことを知ったり、その印象を様々な人と話し合うことが、凝り固まった視点を見つめ直すきっかけになることを、私たちは感じ始めているのではないでしょうか。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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