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文学作品には読者の想像力を喚起する仕掛けがある

能地 克宜 能地 克宜 明治大学 文学部 准教授

正解がひとつではないことへの不安

 近年、社会を持続させていくには多様性が重要である、ということがよく言われるようになっています。確かにその通りです。しかし、それは、正解がない、ということでもあり、多様性への理解が広まるほど、正解がないことに対する不安が増えていっているようにも思います。

 例えば、高度経済成長の時代の日本は、社会の仕組みが現在よりもシンプルで、みんなが同じ目標に向かって一丸となっているような社会であったと思います。

 それは、Aというものを取得したら、生涯にわたってBという社会的地位やその恩恵に与ることができるような、かっちりとした仕組みだったのです。

 ところが、1990年代以降、これまで絶対と思われてきたものが、いくつも崩れていき、何が正しくて何が間違っているのかが一層わからなくなってきました。

 例えば、それまで社会を成長させていくと信じられていた仕組みが、社会を持続させていく仕組みではないと否定されたのです。

 すると、そこに生じた不安は、唯一絶対の答えこそが価値あるもののように思い、それを求めようとする姿勢に繋がっていっていると思います。

 要は、私たちは、正解がひとつではない、ということの意味を正しく捉えることができていないのです。

 このことは、教育の現場において、昨今話題となっている、文学的文章より、実用的文章を重視する動きにも繋がっているのではないかと思います。

 確かに、実用的文章を正しく読解する力を身につけることは大切なことです。しかし、実用的文章には、それを実用的文章にしているふたつの前提があります。

 ひとつは、書かれていることがすべて正しい、ということ。ふたつ目は、誰が読んでも読み誤らない文章がある、ということです。つまり、実用的文章は、唯一絶対の答えである、ということになります。

 特に、若い世代が、複雑で多様的な価値観に対する不安から唯一絶対の答えに価値を見出したがっているいま、実用的文章を重視した教育は受け入れられやすいでしょう。

 しかし、正解がひとつではない、ということの意味を正しく捉えるスキルを養うことに逆行しかねないと思っています。

 さらに、実用的文章の読み方が浸透することは、誤読のない形で読み手を誘導させていく仕掛けにも繋がりかねない、という危惧があります。それは、恐ろしいことではないでしょうか。

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