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2025.07.31

イギリス経済史から読み解く環境政策:産業革命期の煙害対策と現代への教訓

イギリス経済史から読み解く環境政策:産業革命期の煙害対策と現代への教訓
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世界が地球温暖化に立ち向かう今、私たちは過去から何を学べるでしょうか?たとえば産業革命期のイギリスでは、石炭の大量使用により大気汚染が発生し、「煙害」と呼ばれる被害が深刻化しました。しかし当時、意外にも法規制に積極的だったのは、煙を出す側の工場主や産業資本家であったといいます。

産業革命期の英国で深刻化した大気汚染

赤津 正彦 地球温暖化をはじめとする環境問題は、もはや一国だけでは解決できない国際的かつ全地球的な課題です。2016年に発効されたパリ協定では、「世界の平均気温上昇を産業革命前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をすること」が掲げられています。

 しかし、トランプ政権下のアメリカはこの国際的枠組みから離脱しました。その理由としてトランプ大統領は、新興国や途上国が温室効果ガス削減の義務をあまり果たしておらず、アメリカが不公平な負担を強いられていると主張しています。また、途上国支援のための「緑の気候基金」に対しても「ぼったくりだ」と批判し、資金拠出の停止を表明しました。

 このように、環境問題が国際的な課題になると、必ず先進国と途上国の間の利害の違いが浮き彫りになります。技術力や資金力に差がある両者では、環境への取り組み方にも温度差が生まれるのは避けられないのかもしれません。

 この構図は、実は19世紀のイギリスにも通じるものがあります。私は産業革命期のイギリス経済史、とくに都市における環境問題を研究していますが、当時のイギリスでは石炭の大量使用によって深刻な大気汚染が起こっていました。

 産業革命は、イギリスが世界で最初に経験した大規模な技術革新でした。蒸気機関の導入により機械化が進み、工場が都市部に林立し始めます。

 産業革命は資本主義を確立したのみならず、工業におけるエネルギー源としての化石燃料の利用の重要性を決定づけました。これにより石炭の消費量が急増し、街中に煤煙が立ちこめるようになったのです。

 当時の大気汚染は、「スモーク・ニューサンス(煙害)」と呼ばれ、住環境や財産に深刻な影響を与えました。全国化する煙害問題に対して、イギリス各地の自治体および中央議会は、19世紀を通じて、煙害発生を抑制するための法整備を推し進めていきます。

 その内容は、煙を排出する製造業者に何らかの煤煙防除技術の利用を義務付け、違反した者に罰金を課すというものでした。

 実は、イギリスの大気汚染問題に関する先行研究の多くでは、そうした法規制は産業資本家の抵抗と都市住民による反煤煙運動の不在のため、おおむね失敗したとされてきました。

 しかし、私が史料を再検討したところ、実は煤煙を発生させる側の工場主・企業家の一部は、むしろ煙害に関する法規制に積極的に賛成しており、その影響力が規制導入を可能にしていたことが明らかになりました。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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