
16世紀から17世紀にかけて、イングランドの旅行家たちは、ヨーロッパなどの地中海地域へ旅に出るようになりました。さらに18世紀になると、若者たちによる教育的な旅行も行われるようになります。近年、外国への興味の薄れから生じる、日本の若者たちの文化的な素養、教養の低下が懸念されていますが、初期近代イングランドの海外旅行には、これらを増強させるヒントがあるかもしれません。
巡礼や貿易が目的ではなく、娯楽のための個人旅行が始まった16世紀
イングランドにおける中世までの旅は、宗教的な巡礼や貿易などの商業活動を目的としたものが主流でした。それが初期近代の16世紀後半になると、その地域の文化や風習などへの興味から旅するようになります。これらは現代にまでつながる、娯楽のための個人旅行の始まりともいえるでしょう。
初期近代は、古代ギリシアや古代ローマの作家たちが書いた古典作品に対する興味が高まった頃です。地中海エリアは、そういった書物や神話、聖書の舞台となった地域でもあります。ヨーロッパ大陸と地続きではないイングランドの人々にとって、かつてローマ帝国があった地中海地域は憧れの対象でした。
またイングランドにおいて個人旅行があらわれはじめた16世紀後半から17世紀前半は、イングランドの哲学者、フランシス・ベーコンが体験重視の学問を提唱した時代とも重なります。彼は「旅は一つの教育である」と唱え、ほかのヒューマニストたちも異国を見聞することの重要性を強調しました。航海技術が進み、ヨーロッパ大陸へ渡りやすくなったこともあり、現地へ旅に出る人が増えていったのです。
16世紀はオスマン帝国が最も強かった時代です。当時の旅行先には、ヨーロッパの国々に加え、コンスタンティノープル(現イスタンブール)やエルサレムなど近東の都市も含まれていました。
プロテスタントのイングランド人が、ヨーロッパにあるカトリックの国々や、イスラム教圏であるオスマン帝国の領域に足を運ぶのは、リスクを伴います。異教徒と接する難しさもあれば、海賊に遭遇してしまうおそれもある。そのため、訪れる地域の文化や交通手段などを事前に調べるために活用されたのが旅行記です。
中世までの旅行記は写本を中心としたため、限られた人の手にしかわたりませんでした。しかし15世紀に活版印刷が発明されてからは、次第に印刷物が出回るようになります。16世紀から17世紀にかけてロンドンでは、さまざまな種類の印刷物を手に入れられるようになっていたようです。出回りはじめた当初の旅行記や巡礼記は、必ずしも実際に現地を訪れて著された書物ばかりではありませんでしたが、徐々にイングランド人による体験記も増えていきました。
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