
世界でも最低水準にある日本のワークエンゲージメント(仕事のやりがい)をどうすれば引き出せるのか?本稿では、主に心理学の知見をもとに、インクルーシブリーダーシップや心理的安全性、そして「内なる多様性」の尊重が従業員の活力を引き出す鍵となることを解説します。
どうすれば「仕事のやりがい」を高められるのか?
私たちの人生の時間の多くを費やす「仕事」。その仕事にやりがいや面白さを感じられたらと思う人は少なくないでしょう。しかし残念なことに、ワークエンゲージメント(Work Engagement:仕事のやりがい)の国際比較研究においては、日本のビジネスパーソンのそれは顕著に低いことが明らかになっています。
耳慣れない「ワークエンゲージメント」という言葉ですが、そこには「活力」「熱意」「没頭」という三つの要素が関係していることが研究からわかっています。
「活力」は仕事をすることで活力が得られて生き生きとしていること、「熱意」は仕事に意味を見出したり、自分から積極的に取り組もうとすること。「没頭」は、心理学ではフロー(Flow)と呼んだりしますが、仕事中に時間が経つのを忘れるほど集中することを指します。
つまり、ワークエンゲージメントは、単に仕事に従事している時間の長さではなく、個々人がどれだけ仕事に集中して主体的に取り組むことができるか、言い換えれば、個人の仕事に対する感じ方や態度が測定されていると言えます。
そして、ワークエンゲージメントを感じられていないということは、組織としての活力はもちろん、社員個人の人生全体の満足感や幸福感にも大きく影響するでしょう。
実際、私の研究分野の1つであるポジティブ心理学では、「PERMA」と呼ばれる人生満足度と大きく関わる5つの要素(Positive Emotion:ポジティブ感情、Engagement:やりがい、Relationship:関係性、Meaning:人生の意味、Accomplishment/Achievement:達成)の中で、「やりがい」が挙げられています。
このように、私たちの仕事や人生に大きな影響を与えているワークエンゲージメントですが、どうすれば高めることができるのでしょうか?
今回はワークエンゲージメントの鍵として、インクルージョン(Inclusion)と、心理的安全性(Psychological safety)、およびインクルーシブリーダーシップの3つを取り上げたいと思います。
インクルージョンという言葉は、最近ではダイバーシティ(Diversity:多様性)とともに、ビジネスパーソンの皆さんの間でも聞く機会が増えているのではないかと思います。インクルージョンとは、一人一人がチームや組織の中で受け入れられている、尊重されていると感じられることです。さらに、インクルージョンに関する研究によると、インクルージョンには所属感(Belongingness)と独自性(Uniqueness)の二つの要素が大きく関連しています。
所属感とは、自分がチームや組織の一員として、自分の居場所があると感じられることを指します。独自性とは、自分ならではの特性や持ち味がチームの中で発揮でき、自分らしさが他のメンバーから尊重されていると感じられることです。
日本社会では、同調圧力という言葉にもあるように、ややもすると独自性を抑えて所属感を確保しようとする傾向があるように思えますが、職場にインクルージョンの風土を育て、ワークエンゲージメントを向上させるためには、リーダーや組織が所属感と独自性の両方を大切にするという意識を持つことが必要でしょう。
また、インクルージョンを育てるもう1つのポイントとして、「ダイバーシティを広く捉える」ことも重要です。ダイバーシティは日本語で「多様性」と訳され、よく国籍や文化、ジェンダー、障害、LGBTQなどが取り上げられますが、D&Iの研修をすると、参加者の方々から聞く言葉が、「自分には当てはまらないけれど」や「そこまで配慮する余裕がない」といったものです。つまり、なかなか「自分ごと」として感じられないところにD&Iの課題があると思います。
しかし、広い意味でのダイバーシティとは外見や属性が異なるだけでなく、価値観や考え方、立場や経験の違いを持つ人が集まっている状態も含みます。例えば、同じ日本人同士であっても、仕事の進め方や価値観、考え方や視点が大きく異なることもあるでしょうし、自分の意見が聞き入れられずに疎外感を感じたり、新しい職場で孤独感を感じることもあるでしょう。このように多様性を広く捉えると、誰しもがマイノリティ的な側面や疎外感を感じた経験に思い当たるはずです。こうした「自分ごと」の経験を通じて、他者の様々な違いへの共感を広げていくことが大切だと考えています。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。