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文学作品には読者の想像力を喚起する仕掛けがある

能地 克宜 能地 克宜 明治大学 文学部 准教授

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近年、他者に対する想像力が希薄になっていることが問題視されるようになっています。それが、思いやりの心を失わせ、いじめや、あるいは、自分で自分を追い込む自殺に繋がっているという指摘です。では、他者を想像したり、自分を客観視する力を身につけるにはどうしたら良いのでしょう。

人には知識や経験に基づいた想像力がある

能地 克宜 そもそも、人は、目の前の事柄を、ただ、そのまま受け取るのではなく、自分の知識や経験と関連づけてなんらかの形にイメージする力を持っています。

 例えば、初めて浅草という街を訪れた人が、なにか懐かしいような感覚を持つことがあります。それは、日本の歴史や文化の知識が浅草という街のイメージとして重なるからだと思います。

 逆に、観光ガイドなどには載っていない風景とか人々を現実に目にすると、そのギャップに戸惑ったり、自分なりに意味づけようとする作業が頭の中で起こります。それが街を楽しむということになったり、また、新たな知識や経験を積み重ねることにも繋がっていくのです。

 もし、人に過去の知識や経験と関連づけてイメージする力がなく、目の前の風景をあるがままに見るだけであれば、それはただの情報であり、しかも、その情報は単に蓄積されるだけか、やがて忘却されるだけで今後に活かすこともできなくなるわけです。

 読書にも同じ作業が起こります。例えば、小説を読むということは、そこに記された文字を目で辿っていくことでもありますが、その単なる文字の羅列が、いつの間にか、読者それぞれにとって具体的なイメージに変換されていきます。

 また、その具体的なイメージが連続していくというよりも、文字からイメージできない空白部分に出くわすことの方が多いかもしれません。つまり、読者はその空白部分を自分の知識や経験に基づいた想像力によって埋めていく作業を行っている、とも言えるわけです。

 一方で、自分の知識や経験に基づいた想像力は、思い込みや偏見になりかねない面もあります。

 例えば、街の中の新たな発見をギャップと捉えずに、自分の知識や経験の範疇で理解したつもりになることがあります。つまり、最初から正解があり、すべての発見をそれに当てはめてしまうのです。

 しかし、正解がひとつではないことは、やはり、読書によっても体験できます。

 例えば、太宰治の作品である「走れメロス」を読むとき、メロスの視点で読むか、ディオニス王の視点で読むかによって、ひとつの出来事に対して異なる捉え方ができることがわかります。

 ディオニス王の視点で読めば、他人とは信用できないものであり、まして、メロスという若者は自分を殺害しようとして宮殿に侵入してきた恐るべきテロリストです。メロスにはメロスの主張がありますが、王にも王の苦悩があるのです。

 これは、「走れメロス」に限ったことではありません。文学作品からは、誰が読んでも読み誤らない、そのような発想を、それ自体が否定していることを知ることができるのです。

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