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民事裁判のIT化は迅速化のためだけではない

栁川 鋭士 栁川 鋭士 明治大学 法学部 准教授

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民事裁判の長期化が問題視されるようになり、1996年の民事訴訟法改正によって迅速化が進みました。さらに、近年はIT技術の導入が目指され、第208回通常国会にて裁判手続のIT化に関する規定を盛り込んだ改正民事訴訟法(以下「改正民事訴訟法」といいます。)が令和4年5月18日に成立しました。民事裁判の審理期間のさらなる短縮が期待されています。しかし、ただ迅速化を図るのではなく、裁判本来の機能を踏まえることが重要です。

問題だった漂流型審理

栁川 鋭士 裁判を経験したことがある人は一般には少ないと思います。

 では、裁判がどのように進められるかというと、刑事裁判の場合は、警察が逮捕した被疑者に対して検察官が起訴し、有罪か無罪の判決が出されます。

 一方、民事裁判は、例えば、一般市民の間のトラブルが当事者同士の話し合いなどでは解決できない場合、一方が裁判所に訴えを提起することで始まります。

 例えば、お金を貸したのに返してくれないという場合、それは金銭消費貸借契約に基づき、貸した側には貸金返還請求権が生じます。

 しかし、だからといって、例えば、暴力などに訴えて、その権利を行使する自力救済は禁止されています。国が、その権利を、いわば、代行します。その場合、その人は、その権利が本当に自分にあることを国に証明し、判決という形で認めてもらわなくてはなりません。

 そこで、その人は裁判所に訴状を出して原告となり、自分に権利があることを主張し証明するのです。

 一方、訴えられた被告には、裁判所から訴状の写しが送られます。それは送達という特別の制度で、郵便局員が持って来ますが、ポストに入れたりせず、訴状は原則として本人に直接手渡しされます。これを交付送達(民事訴訟法第101条)といいます。

 被告は訴状を確認し、納得のいかない点に対して、裁判所に答弁書という反論書面を提出します。その後、原告と被告は準備書面というお互いの主張を記載した書面を証拠と共に裁判所に事前に提出し、主張と反論を繰り返します。

 そこで、裁判官が双方の主張を聞き、証拠などを確認し、どちらの主張に法的根拠があるのかを判断し、判決を下すのです。

 しかし、裁判官にとっては、この事案の問題点や争点を把握するのは難しい場合があります。

 そこで、昔は、何が問題点(争点)か明確になっていない早い段階で、とりあえず、当事者双方を呼んだり、証人を呼んで尋問し、事案の全体像の把握に努め、そうやって問題点や争点が徐々にわかってくると、あらためて当事者や証人を呼んで尋問していました。

 これは、五月雨式とか、漂流型審理と言われていて、審理が長期化する原因でした。

 こうした裁判のやり方を改正するために、1996年に民事訴訟法が改正されました。その要点は、なにが問題なのか、なにが争点なのか、しっかり詰めて、当事者や弁護士、裁判官も把握した上で、裁判を行うということです。

 それによって、証人を何度も呼んだり、あまり重要ではない議論などをすることなく、審理を迅速化させることができるわけです。

 しかし、例えば、医療手術が上手くいかずに患者が死亡して、医療過誤訴訟になった場合、患者が死亡したということは誰にでもわかる事実ですが、では、どこに問題があったのか、ということを詰めていくのは、実は、簡単ではありません。

 まず、適正な手術だったのか、あるいは、執刀医にミスはなかったのか、そもそも成功率の低い難しい手術だったのか。なにが問題だったのかは、専門的な知見(医師である第三者に鑑定という制度によって専門的意見を得ます。)に基づきながら、様々な要因をひとつひとつ考え、詰めていかなければ把握できません。

 しかし、そうした作業をしっかり行うことが、法曹関係者に本来求められることだと思います。その意味では、トラブルになっている本当の問題点、争点を早期に適切に把握することは、審理の迅速化だけでなく、適正化という点でも非常に重要なことなのです。

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