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2022.05.25

民事裁判のIT化は迅速化のためだけではない

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ITを上手く活用することで裁判を変えていく

 では、裁判のIT化は良いことずくめなのかというと、課題もあります。

 まず、憲法は32条及び82条において、国民に対して、裁判を受ける権利と裁判の公開の原則を定めています。これは、歴史を踏まえ、非公開の裁判による不正や、権力の濫用を防ぐ意味のある重要な原則です。

 そこで、ウェブ会議等を用いるe法廷(改正民事訴訟法第87条の2)の場合、例えば、裁判官は実際に法廷にいて、弁護士は事務所からオンラインでアクセスし、法廷に設置されたモニターを公開して、傍聴可能にする仕組みなどが考えられます。この点をどのように実現して行くのか今後の課題になると思います。

 e提出に関しては、セキュリティの面などから一般的なメールソフトを使用するわけにはいきません。セキュリティが確保され、かつ使い易い裁判所独自のシステムを作ることが必要になります。

 また、e提出を実現するためには、訴状などが確実に相手側に届けられるシステム、もしくは、受け取ったことを確認できるシステムも必要です。

 なぜなら、被告が裁判に出てこないときは、原告の主張に沿った判決になる制度があります。実務では欠席判決といいます。

 インターネットで繋がったオンラインシステムによって訴状が届いていたことを知らず、反論の機会がないまま、欠席判決になることは絶対にあってはなりません。こうしたことが起きないシステムを作ることが必要になるからです。

 また、すべての人が同じレベルでIT技術を使いこなせるわけではありません。持っているデバイスや本人のスキルによって不利を被ることがないように、なんらかのサポートも必要です。特に、日本では弁護士に頼まずに紛争当事者本人で自ら裁判手続を進めることができますので(これを本人訴訟といいます。)、なおさらサポートが必要になります。

 これらの点を考えると、IT化は、当初は、裁判所と当事者を代理する弁護士とのやり取りが中心になると考えられます。

 先にも述べたように、裁判制度を改正する目的は迅速化だけではありません。迅速化を考えれば、IT化は有効な手段ですが、例えば、離婚調停の場合など、対面なら話し合えたことが、モニター越しでは相手の感情や空気感がわからず冷静な話し合いになりにくくなるかもしれません。

 民事裁判の基本は、適正(判決の内容が正しいこと)、公平、迅速、訴訟経済(安価)です。当事者同士に、充分な主張、立証、反論などの機会が与えられなければ、その裁判はいくら迅速でも、適正、公平を欠くことになります。それでは、当事者の納得は得られず、裁判所に対する信頼も揺らいでしまうでしょう。

 そうした意味では、やはり、弁護士が事案を詳細に調べるという本来すべき役務をしっかり果たすことが、口頭議論を活性化させ、それが十分な主張や反論に繋がり、さらに、審理を迅速化させることにも繋がっていくと考えます。

 つまり、IT化によって裁判のすべてが改良されるというのではなく、それを道具として上手く使いこなすことで、裁判をより良いものにしていくきっかけになると期待されていると言えます。

 最後に、多くの方にとっては、裁判は身近なものではなく、むしろ特殊な出来事だと思います。でも、裁判になるようなことは、日常でも問題になるようなことなのです。

 例えば、約束を守るということは、法律だからではなく、私たちにとって当たり前のことです。

 でも、私たちは日々の生活の中で、人に対して約束したという認識がないことがあるのです。でも、相手は、それを約束ごとと思っている場合もあります。すると、そこから軋轢が生じ、裁判にまでなってしまうこともあるのです。

 その意味では、他者に対する共感力はとても重要です。自分の言動が相手にどう伝わるのかを感じられることは、相手との関係性に誤解や軋轢を生まないスキルになると思います。つまり、した覚えのない約束を破るなどということにも繋がらないわけです。

 共感力を養うことが、本当に、裁判とは無縁の生活を送るひとつのポイントになると思います。


英語版はこちら

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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