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「狂言」には、心安らぐ「笑い」がある

伊藤 真紀 伊藤 真紀 明治大学 文学部 教授

様式性が生むやさしい「笑い」

 最初に述べたように、能楽は江戸時代になると武家の式楽となり、一方、庶民の間では人形浄瑠璃や歌舞伎が流行ります。そのため、能楽は庶民にとっては敷居が高いものではあったのですが、江戸時代からすでに、能の謡本はロングセラーであったと言われ、また、狂言記(狂言の台本)は読み物として一般にも普及していました。

 舞台芸術としての特徴は、能も狂言も、ともに仕草とせりふが、小さな型の集積でできているところにあります。それぞれ役者の修業はこの型を身につけることから始まります。立ち姿や歩き方をはじめ、喜怒哀楽の表情、食べる、飲む、眠るといった日常生活の動作にも型があり、それを身につけ洗練させていくのです。

 こうした様式性の高い表現をすることで、観る方は、人の生々しい感情や弱さを突きつけられるような感じではなく、それらをひとつの人間味や滑稽さとして安心して味わい、笑うことができるのです。それが様式的に描かれるため、生々しい感情から逃げることもできるのです。

 実は、狂言は近代の児童教育の側面でも注目されてきました。それは、様式的な所作で演じるので、子どもでもひととおり演じることができるし、子どもが観ても面白くて笑えるからです。

 例えば、せりふは基本的に調子の良い七五調で、狂言の独特のリズムがあります。囃子や謡は役者の仕草やせりふに合った日本人がウキウキするリズムです。

 先入観のない子どもの方が、そのリズムに合わせて身体を揺すったり、笑ったりして楽しめるようです。つまり、素直に体感する感性が養われるのです。

 また、狂言の作品には社会風刺や人間洞察が込められていますが、様式的に演じられるとともに、人間関係に柔軟に対応していて、だれが観ても嫌な気持ちにならないようにできています。簡単に言うと、「上から目線」がないのです。

 そんな狂言から一つ「佐渡狐」という作品をご紹介します。

 佐渡のお百姓が、年貢を納めに行く途中で越後のお百姓と道連れとなります。途中で越後のお百姓に「佐渡に狐はいないだろう」と言われた佐渡のお百姓は、思わず「たくさんいる」と言ってしまいます。言い合ううちに、二人は小刀を賭けて、いるか、いないか、都の領主の館の奏者(取次ぎの役人)に裁断をあおぐことになります。

 追い詰められた佐渡のお百姓は「袖の下」(賄賂)を使い、役人に「佐渡に狐がいる」と言わせます。さらに「カンニング」によって狐の姿を知っているふりをし、一度は賭けに勝つのですが、しかし館を出た後で、越後のお百姓に「狐の泣き声は?」と聞かれて答えられず、最後は賭けで得た刀を奪い返されてしまいます。

 優れた人間洞察によって描かれるのは、失敗を繰り返す人間の弱さだけでなく、弱い立場の人を困らせる上の立場の人の、やはり弱さであったり、こどもっぽさです。それが社会風刺にも繋がることで、だれにとっても面白く観ることができるのです。

 例えば、狂言の代表的な登場人物である太郎冠者が粗相をして主人に叱られて、「やるまいぞ、やるまいぞ」と追われて終わることがありますが、それを観ていると、あの太郎冠者は、きっとまた同じことをするのだろうと思い、また、主人はきっとまた太郎冠者を叱るのだろうと思います。

 しかし、彼らを非難するような気持ちは生まれず、懲りない太郎冠者をおおらかに受け止めつつ、我が身を振り返ることもできるのです。

 それは、そこに描かれているのが、「上から目線」でも、単なる「教訓」でもないからでしょう。優れた人間洞察と社会風刺が根底にありつつも、それを様式的に見せることで、おおらかでやさしい「笑い」になっているからだと思います。

 仕事に疲れた帰りに、能を観るのはちょっと大変かもしれませんが、狂言は軽い気持ちで安心して観ることができると思います。

 一曲30分弱ですし、せりふが古語で聞き取れないという心配も、複雑な言葉を使っているわけではないので、観ている内に自然に耳に馴染むと思います。

 最近はネット上に公開されている作品もあるので、いくつか見てから舞台を観に行くのも良いでしょう。一度、大人のお笑いとしての狂言に触れてみることをおすすめします。

 いかがですか。現代に通じるコントのようでもありながら、古典芸能の上質な「笑い」を、能舞台で堪能してみませんか。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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