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国宝の金印が偽物、ではないことがわかった

石川 日出志 石川 日出志 明治大学 文学部 教授

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歴史資料には真贋論争が起こることがあります。弥生時代に、日本の国王が中国の皇帝から授かったといわれる「漢委奴國王」金印もそのひとつです。そこで、いま実際にある金印という資料そのものを詳細に検討し、確かな情報を提供する研究が、本学の教授によって行われました。

「漢委奴國王」金印は江戸時代に作られたのか?

石川 日出志 「漢委奴國王」金印は、日本史の教科書に必ず登場するので、多くの人によく知られた歴史資料だと思います。

 そもそも、AD1世紀から3世紀にかけて中国を治めた後漢の時代の出来事を記した「後漢書」の中に、建武中元二年(西暦57年)に、日本(倭)の奴という国から貢ぎ物を持った使いが来た、という内容の記載があります。

 それに対して、ときの光武帝は印綬を授けたとあります。印とは、はんこのことで、綬とははんこに通す紐のことです。

 つまり、弥生時代の日本人が中国まで行き、皇帝と交渉したということで、これは、日本最初の外交記録になるわけです。

 しかし、「後漢書」は後世(3世紀もしくは5世紀)に書かれたもので、その内容は確かではない、という説もあります。

 ところが、江戸時代の1784年に、福岡藩の志賀島で「漢委奴國王」と刻まれた金印が見つかりました。これを、福岡藩の藩校の学者であった亀井南冥が「後漢書」の記載に見合うと考証したのです。

 つまり、弥生時代の日本が中国と外交していたことが事実であると、証明されたわけです。

 しかし、この金印は偽物ではないかという議論が起こります。背景には、この金印の発見が不自然なことがあります。周囲に弥生時代の遺跡などはまったくない田んぼから、農作業中の農夫がこの金印だけを見つけたというのです。

 また、江戸時代の藩校は各藩に一つでしたが、福岡藩は二つありました。金印の発見は、二つの藩校の設立の年であり、一方の亀井南冥が早々に結論を出しています。

 そこで、博識を誇示して優位に立とうとした亀井南冥が、金印を作らせて仕組んだのではないかというのです。

 しかし、1966年にこの金印の精密測定がなされ、印面一辺が平均2.347cmであることが確認されます。これは、後漢時代の墓で見つかった物差しの一寸と同じサイズであり、当時の印は一寸四方で作られることから、この金印は後漢時代のものであると、認められるようになったのです。

 ところが、江戸時代の学者は中国の文献などに精通しており、後漢時代の寸法も、印が一寸四方であることも知っていたことを挙げ、やはり、この金印は江戸時代に作られた偽物であるという説が10数年前に出されました。

 調べてみると、確かに、江戸時代の学者の学術研究は驚くほどのレベルです。中国の、しかも古来の様々な知識体系を持っていて、当時の知識人であれば、後漢時代の一寸のサイズも、印が一寸四方であることも常識だったのです。

 では、この金印の発見の経緯の怪しさや、亀井南冥の置かれた状況を考えれば、この金印は江戸時代に作られたものと断じることができるのか、と言えば、決してそうではありません。

 それは、推理に過ぎず、歴史ロマンとしては面白いかも知れませんが、歴史について議論するためには、確実で、詳細な情報が必要です。

 そこで、私は、この金印について、従来はほとんどなされてこなかった、形態情報の詳細研究を始めました。

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