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国宝の金印が偽物、ではないことがわかった

石川 日出志 石川 日出志 明治大学 文学部 教授

江戸時代に「漢委奴國王」金印は再現できない

 まず、私が注目したのは印のつまみ部分である蛇鈕です。蛇のデザインがされているのでこう呼ばれていますが、実際には、すぐには蛇とはわかりません。よく見ると、胴体をらせん状に巻き、頭を後ろに向けて振り返っている蛇の姿とわかります。

 しかし、それは鈕の上の部分だけで、下の部分は中央に紐通しの穴があるとはいえ、まったく蛇に見えません。

 よく見ると、紐通しの穴の前後に膨らみがあり、それは四つ足の動物が膝を折って座っている形に見えます。さらに、蛇の頭がある方と逆側から、つまり真後ろ側から見てもみると、両側に後ろ足の形が見えるのです。

 そこで、これは、膝を折って座っている駱駝の胴体部分だという指摘があります。つまり、もともと駱駝がデザインされた鈕であったものを、なんらかの理由で、上の部分だけ蛇の形に再加工したのではないかと考えるのです。

 調べてみると、駱駝の形の鈕は、後漢時代によく作られていたタイプであることがわかります。

 また、蛇の頭が後ろを振り返るような図像は日本人にはまったく馴染みがありませんが、前漢から後漢時代には、龍や虎などが振り返った表現の資料が多くあります。つまり、当時の中国では馴染みのあるデザインなのです。

 はたして、最初に駱駝の形の鈕を作り、その上半分だけを、わざわざ蛇の形に再加工することを江戸時代の人がしたのでしょうか。しかも、その蛇の形は、日本人には一見しただけでは蛇とわからないような図像なのです。

 さらに、印に刻まれた文字の書体についても詳しく調べました。

 印の文字の書体は時代によって特徴があり、例えば、中国人の研究者は、印面の文字を見ると、その印が作られた時代が判別できると言っています。もちろん、「漢委奴國王」の文字にも、様々な部分に時代の特徴が現れています。

 例えば、「漢」のさんずい(「水」の字形で表される)をよく見ると、縦線の一番上が緩く弧を描き、左上の線は逆L字形をしています。

 実は、さんずいの上の線は、前漢時代は、S字を三つ並べたような形でしたが、時代が下ると、徐々に伸びてきて、前漢と後漢の間の王莽の時代になると、全体の曲りは非常に緩やかになり、左上の縦線の下端が小さく飛び出す形になるのです。

 さらに、後漢時代になると曲がりのない縦の直線になります。他の4文字も同様で、「漢委奴國王」の文字はすべて、王莽から後漢初期の時代の特徴を現していることがわかるのです。

 では、このことを江戸時代の人が知っていたのか。例えば、江戸時代の学者である藤貞幹が「漢委奴國王」金印の偽造に関わっていたという指摘があります。確かに、藤貞幹は漢籍に造詣が深い当時トップクラスの学者で、彼なら贋作製作の指示ができそうです。

 例えば、「魏志倭人伝」に、魏の皇帝が倭国の女王である卑弥呼に「親魏倭王」金印を授けたという記載があります。藤貞幹はその金印が中国で発見されたという情報を得て、その印面を自分の本で紹介しました。

 ところが、この印は偽物です。それは、最近数十年の研究で、印に刻まれた文字にある「王」の字形が、魏の時代ではなく、それより300年も前の前漢時代の特徴を持つことが明白だからです。

 つまり、中国の明清時代の贋作者もそのことを知らなかったほど、文字の変遷の研究は近年のものであり、日本の江戸時代のトップクラスの学者でも、そのことを認識できたわけがないのです。

 それを知りえない江戸時代に、後漢初期の特徴をすべて備えた文字で「漢委奴國王」を刻むのは奇跡と言ってよいでしょう。

 実は、他にも指摘できる点はあるのですが、この鈕と文字の2点だけでも、後漢時代に作られた金印を江戸時代に再現することは、まず、不可能であると断言できます。

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