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#4 えん罪ってなぜ起こるの?

黒澤 睦 黒澤 睦 明治大学 法学部 教授

公正な裁判を実現するために進む制度改正

前回、日本版司法取引や自白偏重によってえん罪が起こる恐れがあることを述べましたが、もうひとつ、いわゆる証拠隠しもえん罪に繋がる要因になっていると言われています。

日本の刑事訴訟のシステムは、検察官側が有罪を立証し、被告人・弁護人側が防御する立場に立つ、当事者主義になっています。そのため、検察側は、被告人に有利な証拠を持っていても、それを積極的に示す必要はないという考え方もなりたちえます。

しかし、捜査や証拠の収集は警察や検察が行っているのですから、弁護側は、被告人に有利な証拠があることすらもわからないことが起こりえます。そのため、弁護側からすれば、証拠隠しということになり、公正な裁判にならず、その結果、えん罪に繋がるというのです。

また、検察は公の利益の代表者でもあるので、被告人に有利な証拠も開示することで、公平な裁判を実現しなくてはならない、という考え方もあります。

そこで、裁判員制度とほぼ同時期に導入された公判前整理手続が重要になってきます。

公判前整理手続は裁判の迅速化のために事件の争点や証拠を整理するものです。この手続は裁判員裁判以外でも複雑な事件等で用いられますが、裁判員裁判では必ずおこなうことが求められます。裁判員は一般市民であるため、事件の内容を把握しやすくし、迅速に裁判を進めるためにも、裁判開始前に、事件の争点や証拠を整理しておくことが必要不可欠だからです。

この公判前整理手続では、検察が持っている一定の証拠を開示することが義務づけられています。そして、2016年の法改正により、弁護側から請求があった場合は、検察官が保管する証拠の一覧表を交付することが義務付けられました。これによって、証拠隠しがなくなっていくことが期待されます。

一方、警察が、被疑者の自白を誘導したり、検察にも証拠を隠して裁判を進めさせ、結果、えん罪となる事件も起きています。

再審によってえん罪を晴らすことができた場合、犯人として扱われた人は、失われた時間を少しでも埋め戻すための刑事補償を受けられるほか、場合によっては国家賠償を求める訴訟を起こすことができます。それによって、担当警察官等が自白誘導や証拠隠しを故意に行ったり、そこに重大な過失が認められた場合は、国家賠償の対象となります。

すると、その警察官等は懲戒処分を受けることもありますし、国家賠償をした国や県などから、それを請求する手続、求償を行われることもありえます。すなわち、故意の違法捜査をすれば、警察や警察官等に重い制裁が課されることになるのです。

警察・検察側は、犯罪を撲滅したい余り、自分たちが見立てた犯人を起訴し、有罪にしたいという思いが強いのでしょうが、それが違法な捜査に繋がり、えん罪を生んでは、本末転倒です。

えん罪とは、犯人にされた人に取り返しのつかない不幸を負わせることでもあり、また、真犯人を取り逃がすことでもあるのですから。

その意味では、ルールに則った捜査をすることによって犯罪を撲滅できるような刑事司法制度を整えていくことが重要であり、市民の皆さんにもそうしたことに関心をもっていただくことは大切なことだと考えています。

その上で、えん罪を考える上で見逃してはならないのが、警察・検察側の問題だけでなく、間違った判断をしてしまった裁判官・裁判員、さらには、被疑者・被告人を十分に防御することができなかった弁護人、そして、間違った先入観に基づいてえん罪の危険性に十分に注意を払えなかった私たち一般市民の問題関心です。

これから刑事事件の報道に接したときは、一方的な見方ではなく、被害者、加害者、警察官、検察官、被疑者・被告人、弁護人、裁判官・裁判員など、様々なそれぞれの立場からその事件を考えてみてください。

すると、「被害者支援」や「修復的司法」、「通信傍受」、「日本的司法取引」、「取り調べの可視化や弁護人の立ち会い」、「えん罪」などの問題の本質的なことが見えてくると思います。

そうしたものの考え方、視野の広さが、私たちが暮らす社会のあり方を支える基礎になっていくのだと思います。


#1 日本の刑事司法制度は変わってきている?
#2 スマホが犯罪捜査に活用される?
#3 日本では取り調べに弁護士を呼べない?
#4 えん罪ってなぜ起こるの?

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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