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#3 牛乳はどうやってヨーグルトになるの?

佐々木 泰子 佐々木 泰子 明治大学 農学部 教授(2022年3月退任)

2つの乳酸菌の共生によって美味しいヨーグルトができる

ヨーグルトは、牛乳に乳酸菌を入れて作ります。このときの乳酸菌をスターターといいますが、ヨーロッパではヨーグルトスターターの必須菌種として、ブルガリカス菌とサーモフィラス菌が厳密に定められています。この2つの乳酸菌が、2つ合せて一人前といえるような見事な助け合い、すなわち「共生」することでヨーグルトが出来上がります。牛乳がなぜヨーグルトになるのかといえば、乳酸菌の出す乳酸によって牛乳が酸性化することによって、牛乳にコロイド状に溶けていたカゼインというタンパク質が凝固した状態になるからです。サーモフィラス菌単体またはブルガリカス菌単体を牛乳に入れると、ヨーグルト状になるのに8時間か、それ以上もかかります。しかし、この2つを一緒に入れると、ものすごい勢いで乳酸が増え、3時間くらいで牛乳がヨーグルトになるのです。その理由は、両菌ともに牛乳中のアミノ酸やペプチドを養分としますが、サーモフィラス菌は牛乳のカゼインタンパクを小さく分解することができません。ところがブルガリカス菌にはカゼインをアミノ酸やペプチドに小さく切り分ける働きがあるので、サーモフィラス菌はそれらを取り込み、増殖することができます。そのとき、サーモフィラス菌は蟻酸を作り出します。この蟻酸は、今度はブルガリカス菌のエサとなり、ブルガリカス菌は増殖し、アミノ酸やペプチドをどんどん作り出します。すると、サーモフィラス菌はさらに増殖し…と、見事な共生の好循環が生まれるのです。さらに私たちの研究室は、この2つの乳酸菌の新しい共生因子をいくつか探索しており、その中の重要な1つとして、牛乳の中の溶存酸素を減らすサーモフィラス菌の働きをつきとめました。実はこの2つの乳酸菌はともに酸素が嫌いで、嫌気条件で活動します。そこで牛乳の中に入ると、まず牛乳の中にある酸素を消費して減らそうとするのですが、サーモフィラス菌はこの働きが強く、それによってブルガリカス菌は活動しやすくなり、共生が進むのです。

このように2つの菌の共生により乳酸が早く増えることの利点は、ヨーグルトが早くできるのはもちろん、早い段階からpHが下がって大腸菌などの雑菌を殺すことができる点です。つまり、ヨーグルトを美味しくするし、安全にするわけです。この2種の乳酸菌の「共生」は人類とともに長い歴史を経てきており、それに連れて生命の設計図であるゲノム遺伝子の変化が共生に適合するように両菌で起こっていて、その道のりには遥かなるロマンを感じます。そして、こうしてできたヨーグルトを食べると、乳酸菌は今度は人の体内でさらに活躍するのです。

次回は、ヨーグルトが人の体内で働く機能について解説します。

#1 乳酸菌は伝統的な発酵食品の「影の主役」
#2 乳酸菌を使うと美味しくなるのは、なぜ?
#3 牛乳はどうやってヨーグルトになるの?
#4 胃酸でも死なないピロリ菌を乳酸菌が殺す?
#5 乳酸菌は人の免疫力を高める?
#6 ヨーグルトは薬になる?

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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