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演劇的に生きよう ―SNSに閉じこもってしまうなんてもったいない―

明治大学 文学部 准教授 井上 優

シェイクスピアを通して社会が見える

 具体的な例をいくつか挙げてみましょう。
ポーランド出身の批評家ヤン・コットは第二次大戦中にレジスタンスに参加し、さまざまな政治的困難のなかで演劇研究を続け、『シェイクスピアはわれらの同時代人』という本を著しました。戦争を経験した彼には、シェイクスピアの作品世界は、もはや呑気な中世の王侯と貴族の絵巻物語には見えませんでした。彼にとっては、『リア王』は、大戦以後の殺伐とした光景と重なったのです。『リア王』の王位をめぐっての醜い人間たちの争いの物語は、彼には、まさに現代という時代を写し取ったものとしか読めなかったのです。この読解は、実際に、「政治の季節」と言われる1960年代頃には、舞台での実践に大いに影響を与えました。ここでも、私たちは、人々の意識が戦争を経てどう変化したのかを、演劇を通じて知ることができるのです。
我が国のことも考えてみましょう。日本においてシェイクスピアは、翻訳という作業を媒介とすることが欠かせなくなります。ですから、近代以降のシェイクスピア移入史は、翻訳の歴史でもあるわけです。戦前の翻訳で最も有名な例は、全訳を個人で成し遂げた坪内逍遥ですが、彼は(彼自身が近代日本語の形成を模索していたため)歌舞伎的な口調で訳さざるを得ませんでした。当然、近代的な舞台表現に適したものとは言えませんでした。
しかし戦後、イギリスでの観劇で、スピード感あふれる舞台にショックを受けた福田恆存は、それを翻訳に反映し、さらに自ら演出し、日本の演劇界を驚かせました。同時代の日本の舞台にふさわしいシェイクスピア上演が初めて生まれたと言えるかもしれません。
70年代以降になると政治の季節は終わります。小田島雄志は、若者による小舞台での公演を意識して、大胆でラフな翻訳を行います。ここにも社会と舞台との連関が強く見られます。
80年代になると、演出家蜷川幸雄が小田島訳の『マクベス』を上演し、冒頭で桜を散らせ、俳優に武将の衣装を着せるなどの演出を行って、完全に日本化しました。この舞台は今では伝説となっていますが、何より、日本発のシェイクスピアが、世界に認知されたことでも、この上演は重要な意味を持ちます。
ご存知の方も多いかもしれませんが、現在、日本は空前のシェイクスピアブームです。それは、このように、言語的・文化的障壁を乗り越えて、さまざまな形で、原作を日本で受容する方法を模索してきた結果なのです。

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