明治大学の教授陣が社会のあらゆるテーマと向き合う、大学独自の情報発信サイト

文学が告げる自我の変遷。閉じた世界へ内向する「私」の行方

伊藤 氏貴 伊藤 氏貴 明治大学 文学部 教授

近代藝術の中心としての自我

伊藤氏貴准教授 近代藝術の最大の特徴は「私」にあったといってよいでしょう。かつて音楽や美術、文学は神を表現するための宗教的な領域に属するものであり、作者が誰であるかということさえ、さして重要なことではありませんでした。それが近代に入ってから「私」や「個性」というテーマが大きく浮上することになります。
 「本当の自分を見てもらいたい」「自分のすべてを受け入れてもらいたい」といった感情や衝動を、音や絵画、舞踊あるいは言語で表現する。それが近代の藝術であったといえます。
 たとえば日本の近代文学では「告白」という形式がひとつの大きな流れを作っていました。言語を使って自分の内部を顧みる。自己を省察し、「本当の自分」が何であるかを吟味する。自分のことをありのままに描く。これは今日にいたるまで「私小説」としてその命脈を保っています。
 しかし、「本当の自分」や自分の「内面」など、そもそも把握が不可能なものです。むしろ「告白」は、まさにその「告白」という行為によって「本当の自分」というものをねつ造する装置であったといえるでしょう。三島由紀夫はそうした事情を熟知しており、「仮面の告白」は、そのような作り出された内面=「仮面」が「告白」する小説、という形態をとっています。
 1980年代、日本ではポストモダンが流行しました。「私」なるものを中心とする近代の文学は終わるだろう、と当時誰もが思っていました。しかし、それから30年を経た今でもなお、「私」は文学の中心的なテーマであり続けています。

社会・ライフの関連記事

租税回避は違法行為ではないが不公平!?

2023.3.15

租税回避は違法行為ではないが不公平!?

  • 明治大学 経営学部 准教授
  • 加藤 友佳
腸内環境は免疫制御のカギ!

2023.2.17

腸内環境は免疫制御のカギ!

  • 明治大学 農学部 准教授
  • 長竹 貴広
建物の水からカーボンニュートラルを考える

2023.2.1

建物の水からカーボンニュートラルを考える

  • 明治大学 理工学部 専任講師
  • 光永 威彦
ジェンダー格差の改善を阻むものとは

2022.12.14

ジェンダー格差の改善を阻むものとは

  • 明治大学 情報コミュニケーション学部 准教授
  • 脇本 竜太郎
パンデミックによって質屋の機能が見直された!?

2022.11.30

パンデミックによって質屋の機能が見直された!?

  • 明治大学 商学部 専任講師
  • 井上 達樹

新着記事

2023.03.23

子どもを持って実感した、生き方を選べる大切さ

2023.03.22

仮想実験室で前人未到の発見へ

2023.03.22

AIを使えばだれでも名画を生み出せる?

2023.03.17

AIが広げた世界の法律はどこへいく?

2023.03.16

外国のある裁判で深まった、税や制度への探究心

人気記事ランキング

1

2023.03.22

AIを使えばだれでも名画を生み出せる?

2

2019.07.17

フランス人はなぜデモを続けるのか

3

2020.04.01

歴史を紐解くと見えてくる、台湾の親日の複雑な思い

4

2017.10.04

精神鑑定は犯人救済のために行うのではない

5

2023.03.17

AIが広げた世界の法律はどこへいく?

連載記事