Meiji.net

2021.09.29

AI活用が進まない日本の法曹界は世界から三流国と見なされる

  • Share

世界の法曹界はAI導入に向かっている

 いま、AIは私たちの身の回りで、様々な形で活用され始めています。もちろん、悪用や濫用のリスクも現実化してきています。

 活用の例としては、迷惑メール・フィルターなどが挙げられます。迷惑メールのデータを学習させるのです。それぞれのシステムによって、深層学習を使う場合や、事前確率をデータによって修正して事後確率を導くベイズ理論を用いたベイジアン・ネットワークを使う場合や、それらを組み合わせた場合など、様々に応用した学習アルゴリズムが使われているようです。これらによって、その精度が飛躍的に向上しています。なお、ベイジアン・ネットワークや深層学習は、POSシステムのデータの利用などによって、マーケティングへの応用も実用化されてきています(AIマーケティングと呼ばれたりします)。

 また、AIによる画像認識の活用によって、個体識別や顔面識別の性能も向上しています。画像や動画の認識技術は医療の分野でも活用され、様々な検査画像を基に、生身の医者では見落としたり気がつかないような微妙な異常も発見して、迅速に診断結果を出すシステムが可能になってきています。

 医療と同じく、AI開発の初期から活用が期待された法曹界でも実用化が進んでいます。

 例えば、アメリカ合衆国では、民事裁判になれば、ディスカヴァリ(証拠開示)の制度によって相手側からも厖大な証拠書類などが集まります。従来は、それを弁護士が手分けして読んでいましたので、場合によっては延べ何百人、何千人もの弁護士の動員が必要でした。

 しかし、企業も私人も、ほとんどの文書は電子的に作成しますし、紙もスキャンしてOCRで電子ファイルにできるので、ディスカヴァリでの多くの文書は電子ファイルとして提出されます。これをイーディスカヴァリ(eDiscovery)と呼びます。厖大な量の電子ファイルでも、訴訟には重要なキーワードや言明・発言があるので、AIが構文解析を行って、それらを抽出することにより書類をふるいにかけることができるようになっています。つまり、AIの支援によって、弁護士の手間と時間が大幅に短縮されたのです。

 また、裁判の事実認定や法的判断そのものにAI支援を導入する研究も欧米や中国、そして日本でも進んでいます。証拠や証言などから主張事実の真偽を確定する事実認定の判断を、先に述べたベイジアン・ネットワークを応用してAIにさせてみようとの試みが進められています。法令や判例などを参照して行う法的判断を、先に述べた深層学習や自然言語処理などを応用してAIにさせてみようとの試みも進められています。複数の関連する法規範の間で推論をして裁判の結論を導く法的推論を、これも先に述べたロジック・プログラミングを応用してAIにやらせてみようとの試みは40年前から始まり、現在では法学教育にも利用できるレべルに達しています。

 これらの試みが実用レベルに達する程度にまでAIに学習をさせるには、教師信号として判決(主文と理由)や訴訟記録(写真や証言等の証拠方法や訴状・答弁書・準備書面等)のデータが必須です。そのデータが多いほどAIの学習が進むことになります。

 ところが、日本では判例集に公表される判決は全体の1割にも満たないと言われていますし、訴訟記録の掲載はありません。

 また、当事者名や事件番号を指定すれば裁判記録を誰でも閲覧できますが、そもそも、その訴訟に関わっていない人では当事者名や事件番号がわかりませんし、当事者や利害関係者でない限り閲覧できてもコピーをとることが許されていません。これでは、AIの学習を進めることは非常に難しいのです。

 他方、アメリカ合衆国では、裁判情報にアクセスするアメリカ国民の権利を広げるという理念の下、裁判所が運営するPACER (Public Access to Court Electronic Records)というウェブサイトで、連邦裁判所の訴訟記録(court records)が公表されています。

 そのデータは、刑事、民事を合わせて10億件にも達しており、インターネットで利用登録して一定の料金を払えば、誰でも閲覧できるのです。当然、AIを学習させるための教師信号として活用することもできます。

 ここには、プライヴァシーや個人情報保護に対する、日米の考え方の違いが背景にあると言えます(ちなみに、米国の判例集は実名、日本は匿名です)。

 しかし、AIを含めた様々なICT技術などが社会に浸透し、今後もますます広がっていく世界の状況を考えると、個人情報の保護とデータを有効活用するシステムとを両立させていくことが重要です。それを考えなければ、日本は世界から置き去りにされかねませんし、そもそもAIやICTの発展の恩恵を、日本人と日本社会は十分には享受できなくなってしまうでしょう。

 実際、法曹界のIT化はアメリカ合衆国だけではなく世界中で進められています。スペインなどは、裁判手続映像の活用を含めて、訴訟記録がすべて電子化されていて、完全なペーパーレスです。それが、今後、AIによる裁判支援の導入に繋がっていくのは明らかです。フランスでも、ほとんどの民事事件で、AIやITを活用するODR(Online Dispute Resolution)を含むADR(Alternative Dispute Resolution)の利用を裁判利用の前提としました。シンガポールや韓国も法曹界のIT化は日本のはるか先を進んでいます。

 一方、日本の裁判所もIT化に向けて動き出してはいますが、当面の目標は電子メールを使うことです。いまでも、紙の書類やファックスばかりだからです。民事裁判のIT化として検討されているのは、e提出(e-Filing)、e法廷(e-Court)、及びe事件管理(e-Case Management)です。実際はなかなか進捗していなかったと言えるのですが、コロナ禍でテレワークが進み、図らずも急展開が起きるかもしれません。

英語版はこちら

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

  • Share

あわせて読みたい