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2022.07.20

ウクライナ侵攻で考える、ロシアの文化とは?

ウクライナ侵攻で考える、ロシアの文化とは?
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2022年2月24日にロシアがウクライナに軍事侵攻を開始して以降、西側諸国は様々な形でロシアに対する制裁を科してきました。その結果、ロシアは政治的、経済的だけでなく、文化的にも孤立を深めています。この状況を、私たちはどう捉え、どう考えることができるのでしょう。

ロシア社会を覆った体制側による抑圧

伊藤 愉 ロシアによるウクライナ侵攻によって、ロシア国内の芸術文化界は抑圧と分断に直面しています。

 とりわけ、演劇は国家予算から莫大な資金が投入されており、その意味では、体制が統御しやすい芸術分野であり、最も鮮明な形でこの文化状況が反映されていると言えます。

 例えば、ひとりの演劇人の言動は、その個人の拘束や解職に繋がるだけでなく、作品の上演や劇場そのものの運営にも関わってくる可能性があるのです。

 演劇には非常に多くの関係者がたずさわっているのですから、ある意味、演劇人ひとりひとりが、あらゆる関係者、つまりは演劇そのものを人質に取られているような状況なのです。

 実際、公然と体制支持を表明する演劇人たちも多くいます。

 しかし、一方で、演劇雑誌テアトルの編集長で演劇批評家のマリナ・ダヴィドヴアは、侵攻の始まった2月24日に、SNS上で演劇関係者に向かって抗議声明の署名を募る活動を行っています。これに対して、およそ1週間で1000名以上の署名が集まりました。

 また、国内外の実験的な演劇を積極的に上演、紹介していたモスクワのメイエルホリド・センターのディレクターは、自身のSNSに「人殺しからお金をもらうことはできない」と投稿し、辞任を表明しました。

 さらに、ロシア国内で最も権威のある演劇祭ゴールデン・マスク賞のディレクターが軍事行動の即時停止を求める声明をSNSに発信しました。

 この声明の署名欄に、日本でも有名なボリショイ劇場の支配人ウラジミル・ウリンや、アレクサンドリンスキー劇場の芸術監督ヴァレリー・フォーキンらが名前を連ねていたことは、非常に大きなインパクトをもたらしました。

 ところが、こうした反戦や抗議の声に対して、体制側は抑圧に動きます。

 例えば、ある俳優は、劇場執行部から、ウクライナの軍事行動について一切のコメントを控えるように求められ、そうしなければ、否定的な発言は祖国への裏切りとみなされ、劇場を失望させることになる、という文書が送られたことを自身のSNSで明かしています。

 さらに、モスクワ市文化局は管轄下の主要劇場の責任者を呼び出し、軍事行動に関して発言しないように勧告しました。

 また、侵攻に反対する声明に署名した主要演劇人の何人かは呼び出され、反戦を公言することをやめない場合は解雇すると脅かされたといわれます。

 ロシアの演劇界で、明らかに、抑圧と分断が進行したのです。

 さらに、こうした抑圧が決定的になったのは、3月4日に、いわゆるフェイク法が施行されたことです。これにより、体制批判に結びつく発言はフェイクとみなされ、最大15年の禁固刑が科せられるようになりました。

 そのため、一般市民も盛んに行っていた反戦のデモや集会がまったく行われなくなり、演劇人たちは沈黙を選択せざるをえなくなります。この日を境に、ロシア社会の言論状況はガラッと変わったと言えます。

英語版はこちら

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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