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ウクライナ侵攻で考える、ロシアの文化とは?

伊藤 愉 伊藤 愉 明治大学 文学部 専任講師

文化と政治は別物と無邪気に割り切ることはできない

 ロシア国内の言論統制や圧力から逃れるために国外に脱出する市民や知識人、文化人も多くいます。

 しかし、もちろん、すべての人が国外脱出できるわけではありませんし、とりわけ、演劇人にとっては簡単ではありません。劇場という面からも、言語の発話という面からも、その土地と深く結びつく演劇は、全員が亡命という手段をとることができるわけではないのです。

 国外の劇場などに招かれていた俳優や演出家なども、ロシア人というだけでキャンセルされたり、逆に、ロシアの体制に否定的な意見を公式に表明するなら仕事を続けても良いといった対応に遭います。

 つまり、現在のロシア文化人たちは、ロシア国内、および西側の両方から、態度の明確化を迫る踏み絵を要請される状況であり、演劇関係者にはそれが一層明確に現れています。いま、ロシアの演劇人に見られる「沈黙」には、こうした背景があるのです。

 一方で、日本を含め西側各国では、「文化と政治は別なので文化的チャンネルは残さなければならない」という発言がしばしば見受けられます。

 こうした考えは確かに必要なのですが、しかし、「政治的にならざるをえない」ロシア国内の状況に対して、「政治と文化は別」と言ってしまって良いかどうかは慎重に考えなければならない問題だと思います。

 例えば、ロシアの歴史を見ると、1917年にロシア革命が起こり、帝政は終焉しますが、以後も、芸術文化に対する政治的な統制は終わりませんでした。特に、ソ連時代は全体主義体制の下で厳しい統制が行われます。

 その時代のロシアの演劇文化を評価する意見もありますが、私は、停滞したと考えます。しかも、そうした状況を内的に打開することもできませんでした。

 むしろ、興ったのは、自分のアパートで展覧会を行ったり、自費出版を行ったり、また、亡命者文学など、国家による抑圧と統制に抗うアンダーグラウンド文化です。

 それは、ソ連時代の鉄のカーテンの向こう側にあったため、詳細に知り得ることはできませんでしたが、国立の大劇場で、国家の承認の下で上演される演劇があった一方で、そうした文化が息づいたのは確かです。

 では、そうしたアンダーグラウンド文化が政治と別物であったのかと言えば、決してそうではありません。それが、抑圧と統制の中で、それに抗おうとして生まれたものであるならば、まさに、ソ連という政治体制の中から生まれた文化であると言えるわけです。

 ソ連崩壊後、そうした抑圧と統制が緩んだ時期もありましたが、やはり、全体主義に向かいつつある今日のロシアで、文化と政治は別物と無邪気に割り切ることはできません。

 むしろ、ここで語られる「文化」とはなにを意味しているのか、それをしっかり考える必要があると思います。

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