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哲学は現実離れしたもの?

志野 好伸 志野 好伸 明治大学 文学部 教授

ギリシア哲学と異なる傾向をもつ中国思想

 よく、哲学と思想はどう違うのか、という質問があります。先にも述べたように、「哲学」には、思考の仕方を体系化して、型を培ってきた特定の伝統、歴史的経緯があります。「思想」という言葉はそうした文脈からは比較的自由ですが、思想に型がないということではありません。さまざまな文化に応じた思想の型がそれぞれにあります。ただそれらは必ずしも「哲学」という名前では呼ばれてこなかったので、まとめて便宜的に「思想」という言葉で呼ばれていると言えます。

 いくつもある思想のうち、ギリシアはこう、中国はこう、日本はこうなどと決めつけてしまうような文化本質主義に陥らないように気をつけなければなりませんが、ある程度のおおまかな傾向を、それぞれの思想について語ることはできるでしょう。

 では、ギリシアのフィロソフィとはどのような考え方だったのか。そもそもは、ものの本質、ものをそうあるようにしている原理を探求する、人々の知的活動でした。つまり、今日の自然科学のような側面ももっていたのです。

 その観点を人に向けて、人の本質、人が善く生きるとはどういうことかを探求し始めたのがソクラテスです。

 その探求には対話が必要とされ、人の在り方の問いに対する議論の積み重ねによって真理を把握しようという弁証法が生まれます。さらに、三段論法などの論理学が発達します。

 ギリシア由来の哲学はヨーロッパを中心に広がっていきますが、一方で、アジアでは、中国に生まれた思想が周辺の地域にも波及していきます。

 例えば、孔子や儒教について学校で習ったという人も多いと思います。日本も中国の思想から多大な影響を受けてきました。

 その孔子も、「仁」という概念で人の在り方を説いたように、孔子の思想から展開した儒教は、ギリシア由来の哲学と同じく、人が善く生きることを考えた思想です。

 違いと言えば、ギリシアの哲学が人においても、その本質を探求しようとする傾向が顕著であったのに対して、中国の思想は、政治や道徳の問題に目を向けたことです。言い換えるなら、人という存在はそもそも何かということを考えた上で、人はどう生きるべきかを考えるのがギリシアだとすると、人間とは何かを一義的につきつめることはせず、社会や人間同士の関係性の中で理想的な人の在り方を考えようとするのが中国の発想です。

 そこで、ギリシアでは論証を含んだ議論である弁証法が発達しますが、中国では、議論の場で人々をより納得させる弁論術のような形が発達した、と言う人もいます。

 もちろん、人を納得させるには論理性も必要です。しかし、人の在り方を、人が日常的に暮らす社会における問題として扱うときには必ずしも論理が最優先されるわけではなく、現実世界の様々な要因が関係してきます。

 ですから、ある種の道徳的な見方や政治との関わりも議論の対象となり、絶対的な解のないそこでは、厳密な論証よりも、言説に対する説得性が重要なポイントとなったのかもしれません。

 その中国が、19世紀末に、先行する日本を手本としながら、ギリシア由来の哲学を導入したとき、哲学という枠組みの中で、自分たちの伝統的な思想の体系を省みる作業に入ります。その中で、西洋でいうところの倫理学や政治哲学のようなところに類似点を見出し、自分たちの思想の特長を発見するわけです。

 そこで、1920年前後から「人生哲学」という言い方がよく使われるようになります。日本語の「人生哲学」は有名人の処世訓のような意味合いで使われますが、中国語では、人間の生に対する哲学的な探求を意味し、人はどう生きるべきかを探求する倫理学とほとんど同義で使われます。中国の伝統的な思想は、「人生哲学」という面で、西洋の哲学に匹敵、あるいはそれを凌駕するのだといった言説が盛んになります。こうして中国の伝統思想をギリシア由来の「哲学」の伝統に接続したわけです。

 その後、共産党の体制になった中国大陸では、唯物論が支配的になり、それに反発する人たちは中国から逃れて、台湾や香港、アメリカに渡ります。

 ところが1980年代になると、中国本土では文化大革命の失敗などもあり、唯物論に批判的な考えも出てきて、中国を離れた思想家や文化人の発信する考え方を省みる動きが起きます。

 それが、中国思想、とりわけ儒教の精華を「人生哲学」と規定した民国期の考え方を再評価する動きにもつながっていると思います。

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