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絶対の安全を保証する避難方法は、誰にも提示することができない

災害からの避難においても、実際、様々な状況が生じます。

例えば、風水害のように今後の状況についてある程度の予測がたてられるときは、避難の余裕時間(リード・タイム)を確保することができますが、地震や津波、突発的な火山噴火などの場合には、避難の余裕時間がほとんどとれないものも存在します。

例えば大きな地震が起こったとき、海沿いにいるのならば、もちろん津波を警戒して、内陸側の出来るだけ高い場所へ避難することが望ましいのですが、一方で、山沿いにいたのならば、今度は土砂災害を警戒して、少なくとも急斜面からは離れることが望ましいということになります。つまり、自分のおかれた状況に応じて、何を警戒すべきなのか、どのような行動が望ましいのかは変化するということです。

一方、リード・タイムがある場合も、決して油断をするべきではありません。一度避難した高台から、家族を探すために低地へ降り(ピックアップ行動)、津波に巻き込まれてしまったという事例が、東日本大震災でも実際に起きています。自然災害に対して、その場で人間ができることはごく限られたものでしかありません。家族や親族を心配されるお気持ちは大変よくわかるのですが、安全を確保した後は、決して危険な場所には近づかない、戻らないということを心がけて頂ければと思います。

また、離れた避難場所に移動することが常に正しいとも言えません。

高齢者や障がいをもたれている方、健康状態が悪い方のなかには、移動そのものが肉体的・精神的に非常に大きな負荷となってしまい、むしろ状態を悪化させてしまうことがあります。また、そうした方を補助しながら避難を行うことは、多くの人出と時間を要します。たとえば限られた職員で業務を行っている福祉施設などにとって、施設から避難を行うということは簡単に判断・実行できることではないのです。

ひとつの方法として、建物の上層階に避難する、垂直避難という考え方もありますが、これまでの事例では垂直避難によって被害を免れた事例も、建物そのものが水没・流出をしてしまい、犠牲を発生させた事例も、両方があります。その時、自分たちが置かれた状況のなかで、何が最善なのかという判断をどこかの時点でせざるを得ない、というのが災害からの避難という問題なのです。

前回も述べましたが、平時から様々な災害情報に触れておくことは、この判断を迫られた時、日常の言葉でいうところの、「“いざ”というとき」の選択肢を増やすという意味で有効です。

しかし、なにが正解なのかは、その場の状況や、避難する人、一人ひとりの状況によっても変わるのです。そのことは忘れないでほしいと思います。絶対の安全を保証する方策を提示することは誰にもできないのが、いまの私たちの現実なのです。

次回は、住民主体の災害対策について解説します。

#1 自然災害の備えに正解はない!?
#2 どうすれば安全な避難ができるの?
#3 住民主体の防災とは自己責任ということ?
#4 復興とは町を元に戻すこと?
#5 災害に備えて私たちにできることは?

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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