リユースには工学的なアプローチだけなく、“思い”や“物語”などの側面も重要
建物を取り壊すには、当然CO2が出てきます。解体しなければCO2排出量を抑えられ、環境にもいい。それは当然なのですが、リノベーションなどのリユースには、そうした工学的な意味ばかりではなく、“思い”や“物語”などの側面でも価値があります。
たとえば壁を剥がして出てくる柱には、太さや材質を表すスタンプなど、さまざまなものが刻まれていて、味があります。そこには過去があったのだと想像力を持てるのも、リノベーションの大事なポイントです。
私がキュレーター(企画責任者)を務めた、2021年「ヴェネチア・ビエンナーレ」 国際建築展での日本館展示を例に紹介します。「ヴェネチア・ビエンナーレ」は、近代オリンピックが始まるより前の1895年に始まった展覧会で、現在は美術展と建築展が隔年で催されています。日本はジャルディーニ公園の中に美術館を持っていて、約半年間の展覧会を催しています。
現代はインターネットでなんでも見られるからこそ、空間を感じられるようなものにしたい。そう考え、有名なグラフィックデザイナーである長嶋りかこさんに協力をお願いしたところ、「大きなものをつくりたいのはわかったけど、それが将来的には壊されゴミが出ることについて、建築家の方々はどう考えているんですか」と言われ、ハッとしたのです。
日本では人口が減っているのに、新しい家をつくって古い家をどんどん取り壊しています。建設業は全産業のなかでも3番目ぐらいにゴミを出している。そんななか、半年間の会期のために新しい材料を使うのもどうなのかと考え、捨てられるはずの住宅を展示しようと思い立ったのです。
たまたま調布市の家から引っ越した先の家の前に、古くてかわいい住宅があったのですが、そちらを取り壊すと伺い、解体した部材を展示に使おうと考えました。なんてことはない昭和の住宅だったものの、外国に行くとなんでもないものがかっこよく見えたりするでしょう。それの逆のことを起こせばいいと考えました。

美術館内を倉庫として使い、その下のピロティは、古材を加工する工房にしました。そして、古材でつくったものを随時、庭に展示していく。たとえば屋根を組み立ててベンチにしたり、壁だけ立ててスクリーンにしたり。コーヒーテーブルをつくっておいたら、そこで日本茶をたてる人も出たり、みんな自由に楽しんでいました。
使わなかった部材は、倉庫とした館内に展示しました。当時はコロナ禍で一方通行の動線を指示されたので、その家で生まれ育ったご主人とご家族の写真もあわせて年代順に並べたのです。何度も改修されているので、古い部材と新しい部材が混ざっています。この家ができた1954年当時は木や紙ばかりだったのが、その後の改修では、アルミサッシ、鉄、プラスチック、ビニール製の壁紙などが使われるようになっていく。そうした時代の変化もわかりますし、古材の木の匂いもふわっと漂ってきて、この無名の住宅の一生を全身で追体験できるようにしたところ、多くの方々に感動していただけました。


上:ⒸMusashi Makiyama 下:ⒸAleberto Strada
展示していたブルーのいかにも昭和風のバスタブは、イタリアのインテリアデザイナーから、同じ製品をぜひ自分の作品に使いたいという連絡もありました。場所を移動するだけで、我々からすると無価値なものに価値が出てくることもある。やはり見え方が全然違ったわけです。キッチンやトイレのビニールタイルが貼られた床でつくったスツールも大人気でした。遠くからやってきた古いものがかわいく見える、という価値の転換は、過去や他の文化を理解する上でも非常に大事だと再認識できる機会となりました。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。