多元的無知
ジェンダー差別を改善する障壁となっているものの1つが、男性は外で仕事をし、女性が家庭を守る、といった性役割分業です。
性役割分業はしばしば「伝統的なもの」であるとされますが、間違いです。性役割分業が成り立つ条件は、生産手段が家庭の外にあることと、働き手が労働によって生活を賄うのに十分な報酬が得られることです。
例えば、家族で農業や手工業に従事している段階で性役割分業をしていては、生産力が落ちてしまいます。また、工業化が進んで生産のための資本が家庭から分離されたとしても、十分な報酬が得られなければ、家庭の他のメンバーも働く必要があります。
先進国でこのような条件が揃って、労働者階級にまで性役割分業が一般化したのは第二次大戦後です。もっとも、日本では長期の経済停滞によって、再び1人だけが働いて家計を賄うことが難しくなってきています。
時代に合わない性役割分業が今も根強く残っているのはなぜなのでしょうか? 実際に多くの人が性役割分業を支持しているのでしょうか?
例えば、厚生労働省の2021年度雇用均等基本調査によれば、男性の育休取得率は13.97%です。過去最高の値ではありますが、いまだ育休取得者が多数派とは言い難い状況です。これはやはり、家庭や子育てを女性に任せて、バリバリ働くことを選ぶことをよしとしている男性が多いからなのでしょうか?
おそらくそれは正しくありません。少し前のデータになってしまいますが、ライフネット生命が2012年に20~40代の男女500人に行った調査では、6割以上の男性が育休を取得したいと考えていることが示されています。6割の人は性役割分業と整合しない意見をもっているわけです。
それでは、なぜそれが育休取得に結びつかないか、ということですが、企業側の制度の整備が十分でないということに加え、ある種の「勘違い」が影響していることを示唆する研究があります。
多元的無知というのは、他人の考えを正確に推測できないために、現実とは異なる認識が共有されていると思い込んでしまう現象です。育休取得についての多元的無知というのは、具体的に言えば「自分は育休をとることを肯定的に考えているけれども、他人は育休をとることをよく思わないだろう」という考えです。
この研究では、20代~40代の日本人男性に、自分自身が育休を取得することにどのくらい肯定的か、また同年代・同性の他者が一般にどの程度育休取得に肯定的かを尋ねて、自分も他人も肯定的だと考えているグループ(自他肯定グループ)、自分は肯定的だが他人は否定的だと思っているグループ(多元的無知グループ)、自分も他人も否定的なグループ(自他否定グループ)に分けました。
育休取得願望と実際に育休を取得する意図についてグループを比較すると、願望については自他肯定グループと多元的無知グループに差はありませんでした。しかし、取得意図については、多元的無知グループは自他肯定グループよりも低くなっていました。
ライフネット生命の調査で示されている通り、実際には育休取得に肯定的な人が多いのですが、「自分と違って周りの人は否定的なのではないか」と思い込むことで育休を取得できなくなってしまうのです。このことは、性役割分業がある種の勘違いで維持されている側面があるということを示唆しています。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。