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長生きリスクを、長生きハッピーにするために

藤井 陽一朗 藤井 陽一朗 明治大学 商学部 准教授

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最近、長生きリスクという言葉をよく聞くようになりました。一般には、老後の生活資金について語られることが多いのですが、実際の長生きリスクはそれだけではないと言います。しかし、平均年齢が80歳を超えるような長寿社会は人類が初めて経験することで、実は、そのリスクの研究も始まったところなのです。

長生きリスクに備える社会保障制度

藤井 陽一朗 日本では、約95%の人が60歳以上生きるようになり、平均寿命は男女とも80歳を超えました。長寿は喜ばしいことですが、一方で、長生きリスクという言葉も耳にするようになってきました。

 それは、一般には老後の生活資金について言われることが多いのですが、実は、金銭面だけでなく、健康面でも大きなリスクがあります。

 例えば、定年後は趣味やスポーツを楽しむ生活を送りたいと思って貯蓄をしても、病気やケガなどがあると、そのような生活を楽しむことができないかもしれません。しかも、せっかくの貯蓄を医療費に使うことにもなりかねません。

 つまり、金銭面と健康面は、それぞれが独立したものではなく、相互作用の関係にあるのです。

 そう考えると、老後への備えとして、若い頃から貯蓄をしている人もいると思いますが、それに加えて、健康面でも老後に備えることが重要になるわけです。

 例えば、偏った食事などの日々の生活習慣が積み重なることで、脳卒中や心臓病、糖尿病など様々な病気を発症する、いわゆる生活習慣病があります。

 若い頃から生活習慣に気を配ることで、こうした病気の発症を防ぐことができれば、長生きリスクは大幅に軽減されることになります。

 しかし、若い頃から、将来を合理的に見通した上で、いまの生活を送ることはなかなか難しいものです。そこで、国によって様々な社会制度が構築されるわけです。

 例えば、北欧などの国では、個人の行動に任せるのではなく、政府が代わりに判断し、備えを充実させる制度をとっています。

 それが手厚い社会福祉制度なのですが、それを実施するために、消費税などの税負担が非常に大きくなっています。

 現役世代の負担はとても重くなりますが、将来への備えは国が代行してくれるので、個人で準備する必要はありません。こうした仕組みは父権的制度と言われます。

 一方で、個人の行動を重視するのがアメリカです。

 例えば、アメリカでは、個人で民間の医療保険に加入することが基本になっているため、具合が悪くて救急車を呼ぶ場合でも、まず、医療保険に入っているか確認され、入っていない場合、受け入れを拒否されることさえもあるといいます。

 つまり、個人で保険に加入するという判断、行動がないと、リスクに対してぜい弱になるということです。

 しかし、そのような判断があっても、収入が少ないために保険に加入できない人もいます。そういう人たちは病状がよほど悪化すると、ER(救急救命室)が受け入れをしますが、もう救うのは難しいのが実情です。

 アメリカは、国民の平均所得が非常に高いのに、平均寿命が非常に短い国になっているのは、こうした医療保険制度のためだとも考えられます。

 この両極の中間のような制度もあります。

 例えば、オランダでは、行政が個人に対して、その人の学歴などに応じた職を紹介してくれます。それを受けるかどうかは個人の判断ですが、受けて働けば、給与から天引きされて年金の積み立てができる仕組みになっています。

 しかも、仕事はパートタイム式で、自分の都合に合わせて、いくつもの仕事を受けることもできます。つまり、自分の判断で仕事の量を決め、それによって、いま送りたい生活のレベルを得ることもできるし、将来に備えることもできるわけです。

 こうした制度を整えて、個人の判断を促す仕組みをナッジと言います。つまり、個人では合理的に見通すことが難しい将来像を思い描かせてあげて、その実現の方向にちょっと押してあげる介入を行う仕組みです。

 このように、各国には、それぞれの文化や歴史を背景にして、様々な制度があります。少子高齢化の進行が世界トップである日本は、どちらに舵を切り、どのような制度を構築していくべきなのでしょうか。

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