2024.03.14
美術品の価格が分かると、国の文化度が上がる!?
池上 健 明治大学 専門職大学院 会計専門職研究科 教授>>英語版はこちら(English)
近年、経済的な格差是正などの面からも相続税が注目されています。相続税は、金融資産だけでなく、動産や不動産なども対象となりますが、課税が難しいのが美術品だと言われています。日本では美術品の公的な評価額がないためです。そのため、相続税の問題だけでなく、美術品が死蔵されたり、海外に流出してしまうケースも多いのです。
美術品に相続税の課税を行うことは非常に難しい
最近、相続税が注目されるようになってきました。背景には、高齢化が進んでいること、また、経済的な格差是正の一環として期待されていることがあると思います。
確かに、相続税では金融資産や、不動産、動産などが課税の対象となり、そこから税金が徴収されれば、それは社会に還元されることになります。
ところが、本来は課税の対象となっている美術品は、実際にはほとんど課税されていません。というと、美術品による課税逃れのように思われますが、実は、美術品の金額がわからないことが大きな要因なのです。
もちろん、美術史に残るような著名な作家の作品は売買価格が報道されることもありますし、基本的に、その価格は業界でアーカイブされます。
しかし、まだ無名の作家の作品の場合、その評価額は値付けする画商など、業者によって異なることがままあり、そのため、申告のしようがないというのが現状なのです。
例えば、相続人が相続した美術品を鑑定に出し、そこで出された評価額で申告したとしても、それが適正な評価額なのか、おそらく、税務職員にもわかりません。
国税庁の通達では、美術品の価額については精通者の意見を聞く、となっていますから、税務署側も別の鑑定人に評価を依頼することもあります。
ところが、申告額と税務署が得た鑑定額に大きな開きがあった場合、どちらの評価額を採用するべきなのかについては、何の規定も無く、「合理性」というよく分からない基準を使うしかないのです。そもそも、美術品の評価額には明確な基準がないのですから。
そこで、相続人も、わからないから申告のしようがない、ということになってしまうのです。
では、美術品を購入したときの価額で申告すれば良いのではないかというと、それもまた適切ではありません。美術品の価格は市場価格であり、変動しているのです。
一般には、美術品の値は上がっているように思われますが、現在ではそれはごく一部で、むしろ、美術品の多くは、年々、値を下げています。
実際、国税庁は、取得価額が1点で100万円未満の美術品については減価償却を認めています。つまり、使用とともに年々価値が下がる装飾品や備品という捉え方なのです。
一方で、業者間で売買が繰り返されるなどし、そこに海外のファンドも介在することにより、いつの間にか値が上がっているものも一部にあります。日本では、さる著名な画家の作品などが該当すると言われています。だから、所有者自身も自分の美術品の資産価値がわからないのです。
それに比べて、土地ではそのようなことは起きません。
国土交通省が公表する公示価格という公的な指標価格、国家資格である不動産鑑定士による鑑定評価価格、さらに、売買実例価格などを基に、国税庁が路線価を発表しているからです。これが、相続税を申告する際の指標となります。
一方、美術の世界には、公的な価格はありません。また、学芸員という専門職員がいますが、彼らは、美術品の文化的な価値に対する専門知識をもった人たちです。
多くの場合、交換価値、すなわち売買のための市場価格を算定しているのは、画商や美術鑑定人と言われる人たちですが、美術品に公的な価格が無い以上、彼らの評価額の算定基準は、それぞれの経験則によるものが多いのです。
こうした状況を考えると、現状では、美術品に相続税の課税を行うことは非常に難しいのです。