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日本独特の発酵食品をつくる麹菌は日本にしかいない!?

中島 春紫 中島 春紫 明治大学 農学部 教授

麹菌は日本人が飼い馴らした微生物

 日本の発酵食品文化は、世界の他の地域と比べて特殊な面があります。まず、日本で発酵食品をつくるときの代表的な菌はアスペルギルス・オリゼー(またはA・オリゼー)という学名を持つ麹菌ですが、この麹菌は、事実上、日本特産なのです。

 実は、麹菌は、漢字で表記すると発酵に使われる微生物のことですが、「コウジキン」とカタカナで表記すると、これはアスペルギルス属のカビを意味します。

 このA・オリゼーと非常によく似たカビに、アスペルギルス・フラバス(A・フラバス)という緑色のカビがあります。これはアジア全域にいるカビですが、肝臓障害を起こし、発がん物質となるアフラトキシンという毒をつくります。そのため、東南アジアでは、緑色のカビは触ってはいけないとされています。

 このA・フラバスとA・オリゼーは、見分けがつかないほどよく似ているのですが、違いは、A・オリゼーはアフラトキシンをつくらないこと、また、デンプンを分解する酵素をつくる遺伝子が3倍に増幅されていること、胞子の中に核がいくつかあり、その分だけ発芽が早く、安定性が良いことが挙げられます。

 実は、その違いは、ことごとく、人が行う発酵醸造にとって都合の良い性質なのです。そのように便利なカビが、世界にはいなくて、日本にだけ生育しているとはあまりにも都合が良すぎます。

 おそらく、たまたま毒をつくらないA・フラバスを見つけた古代の日本人が、そのカビを飼い慣らし、増やしたものがA・オリゼーとなり、麹菌とよばれるようになったのではないかと考えられます。

 日本では、古くから味噌や酒の発酵醸造に使われていた麹菌ですが、自然界の中では強いカビではありません。

 そのため、中国やアジアのように、穀物をただ室に入れておくと、他のカビに負けて、麹菌が繁殖することはまずないのです。

 そこで、酒を造る場合であれば、お米を蒸して殺菌し、清潔な部屋の中で広げ、そこに純粋培養した麹菌の胞子を撒くのです。すると、お米の1粒1粒に麹菌が繁殖して一気に生育するというわけです。

 この純粋培養した麹菌を売る専門の業者が、なんと、室町時代にはすでに出現していたのです。これは本当に驚くべきことです。

 微生物の純粋培養技術を確立したのは、19世紀の末にドイツのコッホとされています。ところが日本では、14世紀には、発酵に使う希有なカビの純粋培養に成功していて、それを商売にしていたのです。

 現代でも、家庭で甘酒や味噌をつくる場合などは麹を買ってきます。個人で麹菌を生やすのは、現在でも難しくて、なかなか上手くいかないからです。

 14世紀にその技術が確立していたということは、それ以前に日本人は毒をつくらないA・フラバスを見つけ、さまざまな試行錯誤を繰り返し、長い年月をかけて、このカビを飼い馴らしてきたということだと思います。

 その結果、日本酒をはじめ、味噌や醤油など、日本独特の発酵食品の多くが、このA・オリゼーという麹菌をベースにつくられるようになったのです。

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