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働き方改革は、「自分らしく働く権利」のために

清野 幾久子 清野 幾久子 明治大学 専門職大学院 法務研究科 教授

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この4月から、「働き方改革関連法」が順次施行されています。この関連法に批判や懸念もありますが、一方で長時間労働が是正されたり、多様な働き方が認められることに期待が寄せられていることも事実です。少子高齢化により日本社会が変革期を迎えているいま、この「働き方改革」は、憲法27条の労働権の再構成、再解釈に関わってくるといいます。

変わり始めている勤労の権利の概念

清野 幾久子 「働き方改革」とは労働法の問題と思われがちですが、実は、私の専門とする憲法との関係が大いにあります。

 確かに、働き方は、会社と個人の労働契約や、会社と労働組合が結ぶ協約などにかかわるので、私人と私人との関係であり、一見すると、国家と個人の関係を規律する憲法の問題ではないように思えます。

 しかし、私たちの国の日本国憲法は、このような労働の場において、直接憲法が適用される、という規定を持っています。憲法27条、28条です。例えば、27条3項は、児童の酷使(児童労働)を禁止しています。これはどこかで聞いたことがあるでしょう。また、28条は働く者がもつ労働基本権の保障です。これらは私人間を想定した規定です。

 そして、働く権利についていえば、27条1項で規定されています。「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」とされているのです。ここでは、勤労の義務のところは除いておいて、「勤労の権利」というところに注目してみましょう。

 従来、「勤労の権利」は、多分にスローガン的に、国の努力義務的に理解されてきました。資本主義国家ですので、私的自治(自分たちのことは自分たちで自由にする、国家は介入しないというようなことです)が優先されるのです。そこで、勤労の権利の内容は、私的自治では補えない時に、国が、働く能力と意思があっても職につけない国民に対して、雇用保障制度を整備し、失業時に備えて失業保険を設けるなどの失業対策の促進に重点がおかれていました。

 このような勤労の権利の考えは、130年あまり前、オーストリアの法学者アントン・メンガーが1886年に著わした「労働全収権史論」に端を発します。当時、ヨーロッパの社会は、産業革命の急速な進展とともに資本主義経済の弊害が現れる時期で、働く人の立場は非常に危ういものになっていました。本人の意思や能力に関わらず、景気の影響でいつ失業するかわからない、という失業問題もありました。そこで、失業などの資本主義経済の弊害を除去する必要から、働く人の生存権や労働権(勤労の権利)を提唱したのがメンガーです。

 この考え方を継承したのが、今からちょうど100年前の1919年に、ワイマール共和国で制定されたワイマール憲法です。社会権を規定した現代型の憲法として有名です。名前を聞いたこともあると思いますが、この憲法は、王政を廃止した、ドイツで初めての共和制憲法です。そして、この憲法は、経済生活の秩序という形で生存権を捉えました(151条)。生存権に加えて、労働者の団結権(159条)や、勤労の権利、失業への国家の配慮(163条)を規定しました。

 日本国憲法は、このワイマール憲法の考えを受け継いでいます。そして実際のところ、日本国憲法が公布された第2次大戦直後の1946年は、社会に失業者が溢れていました。そこで勤労の権利として期待されるのは、まさしく失業対策だったのです。

 このように、勤労の権利のあり方は、まず、社会や経済のあり方という現実から影響をうけるものなのです。その後、日本経済社会には大きな転換点があり、現在は、勤労の権利を取り巻く状況について、さらに新たに変化が生じている時代といえましょう。

 現在にいたる道筋を順に見ていきましょう。

 その後日本は高度経済成長期に入ります。高度経済成長期とは、一言でいうと「一億総中流」意識の形成期です。誤解を恐れずにいうと、高度経済成長期というのは、「みんなが頑張って働くことができ、それによって日本の経済はどんどん上向き、その結果、みんなが豊かになり、1億総中流の意識が広まった」、という時代です。ここでは、勤労の権利の意識は薄れていきます。

 ところが、その後時代は低成長期に入り、一方で高度経済成長を支えていた労働人口にも変化が生じます。1974年の出生数は約200万人ですが、この年初めて合計特殊出生率(女性が一生のうちに産む子どもの平均数)が人口維持に必要といわれる2.07を下回りました。以後、減少傾向に歯止めはきかず、2016年の出生数は、日本での人口統計調査開始以来初めて100万人を割る、という事態になっています。

 現在、日本の総人口は約1.3億ですが、2040年には1億を割り込むと予測されています。この間人口構成の大きな変化もあり、少子高齢化が問題となっていますが、高齢化問題と少子化問題は、ともに、労働力人口の急激な減少の点からすると大問題なのです。これが「人不足」といわれている原因であることは周知のことでしょう。

 いま、日本社会は、この少子高齢化にともなう大きな変化の過渡期にあります。他方で、日本国憲法制定から70年あまりたった今日の日本では、男女の平等(憲法14条、24条)や個人の尊重(13条)などの人権意識も、私たちの間で飛躍的に高まっています。特に、30代、40代の働く若い世代において、これらの意識は、それぞれのライフスタイルの中で確実に定着していると思えます。これらの変化の中で、「勤労の権利」も再解釈が必要だと考えています。

 現代の私たちは働いて生きていくことが基本的なライフスタイルとなっている以上、憲法が保障する両性の平等や勤労の権利、生存権や個人の尊重は、まさに「企業における働き方そのもの」の中で保障されるべきと考えられるのです。

 「働くこと」を「ライフスタイル」に位置づけようとすると、自分の人生の生き方、自分の大切な人や配偶者の人生、家族、子供、両親などの、個人的な生活を抜きには考えられません。そして、人生は一度きりで、これらの関係は長くつづく継続的なものです。そこでは、「持続可能」ということがキーワードなのです。

 このようなことから、私は、「勤労の権利」を、「一人一人の個人の事情などが考慮され、人間らしく生きるために快適な労働環境で働き続けられる権利」ととらえます。短くいうと、「良い労働環境で働き続けられる権利」です。

 この解釈は、憲法制定当時の勤労の権利=失業保障とはまったく異なります。勤労の権利を、現在の働くわたくしたちにとって意味深いものにするためには、現在の時点における勤労の権利の解釈に、国家による失業保障から、このように、「良い労働環境で働き続けられること」、という観点をいれるべきでしょう。「働き方改革」も、この観点から捉え、「勤労の権利」を促進する立場から議論する必要があると思います。

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