鉄を作るタンパク質でがんの治療
人類は、微生物をはじめ様々な生物の特異な生態を可能にしているタンパク質の立体構造を解明することで、人に役立つ技術に応用してきました。
例えば、いま、盛んに行われているコロナ・ウイルスのPCR検査ですが、これは、人体から採ったサンプルの中に、コロナ・ウイルスのDNAがあるかを確認する方法です。
しかし、少量のDNAでは検出することができません。そこで、コロナ・ウイルスのDNAが1個でもあれば、それを複製して増やし、検出できるようにします。
その効果的な方法は、まず、サンプルを90℃の高温にします。すると、二重らせん状になっているDNA鎖がほどけます。いわば、1本のDNAが2本になるわけです。この状態でDNAを複製する酵素(これもタンパク質)を使うと、倍々で複製され、効果的に増やすことができるのです。
ところが、人が知っていた酵素も、やはり、90℃のような高温では働かなくなるのです。しかし、温泉などの高温の環境に棲んでいる細菌を研究し、この細菌の酵素が高温でも働く仕組みを解明したのです。PCR検査ではそれを応用しています。
すなわち、現代の効率的なPCR検査を可能にしたのは、細菌の機能を分子レベルで解明することができたからなのです。
こうした研究は、世界中で様々な研究者が行っていると思います。例えば、私も、鉄を作り、溜める機能をもったタンパク質の研究を行っています。このタンパク質は、もともと人の身体の中にあるフェリチンというタンパク質で、約7ナノメートルという微小な鉄の粒子を作ります。
私がやっているのは基礎研究ですが、これを応用すれば医療に役立てることもできると考えています。
例えば、がん細胞は42℃に温められると死ぬことがわかっています。通常の細胞は45℃くらいまで大丈夫なので、こうした性質を利用したがんの治療法として、温熱療法が考えられています。
しかし、人の身体全体を42℃まで上げるのは危険です。そこで、フェリチンの機能を利用するのです。
まず、フェリチンが作る鉄は磁石にくっつかないものですが、それを取り出し、試験管の中で磁石にくっつくような鉄にします。要は、磁場に反応するようにするのです。
次に、このフェリチンががん細胞にくっつく性質をもつように、遺伝子を加工します。
そして、フェリチンががん細胞にくっついたところで、高周波磁場をかけると、磁場に反応するように改良された鉄の粒子は熱を発します。
つまり、がん細胞のあるところだけを温めることができるわけです。それを42℃にコントロールすれば、効果的にがん細胞を殺すことができるのです。
タンパク質を利用した治療法がより優良なのは、そもそも生体物質であるタンパク質ならば、化学薬品にあるような生体への悪影響の可能性が少ないだろう、ということです。
また、人の手によってそのタンパク質を合成するときも、生物の機能を使った室温、水溶液中のバイオリアクターでできるため、環境にやさしいことも大きな利点になると思います。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。