明治大学の教授陣が社会のあらゆるテーマと向き合う、大学独自の情報発信サイト

世界で認められてこなかった「旨味」が味覚研究の鍵になっている

戸田 安香 戸田 安香 明治大学 農学部 特任講師

>>英語版はこちら(English)

私たち日本人にとっては馴染みのある「旨味」ですが、欧米では味覚として認められてきませんでした。ようやく味覚として認められたのは、旨味の受容体が発見された2002年以降です。そこから旨味の研究は一気に進んでいますが、そこに、本学での研究も大きく寄与しています。

2002年、旨味受容体が発見される

戸田 安香 私たち日本人は、昔から、昆布や鰹節、干し椎茸などから取っただしを料理に使ってきました。だしを使った料理と、使っていない料理では味がまったく変わるので、だしの成分が味に作用することを経験的に知っていたわけです。

 1907年(明治40年)、昆布のだしに含まれるグルタミン酸がこの成分であることを化学者の池田菊苗先生が発見し、それを「うま味」と名づけました。

 この旨味は、日本人にとっては基本的な味のひとつですが、実は、海外では、甘味、苦味、酸味、塩味のような基本味と捉えられていませんでした。

 私自身、海外の学会でも、塩味などが混ざった味を感じているだけだろう、というようなことをよく言われました。つまり、旨味は単独の味覚としては認められていなかったのです。

 それが大きく変わり始めるのが、2000年前後の味覚受容体の発見からです。

 ヒトの場合、主に舌にある味蕾によってものの味を感じます。味蕾とは、味を感じる味細胞が数十個集まっている器官ですが、この味細胞が味覚センサーとして機能するのは、そこに、タンパク質分子である味覚受容体があったからなのです。

 この味覚受容体は、味を構成する成分に反応する分子ですが、ひとつの味覚受容体が様々な味すべてに応答するわけではありません。甘味に応答するのは甘味受容体、苦味に応答するのは苦味受容体と、それぞれの役割が決まっています。

 こうした解析が進む中で、T1R1/T1R3と呼ばれる味覚受容体が、ヒトでは旨味成分であるグルタミン酸によって強く活性化されることが2002年にわかったのです。すなわち、旨味とは、塩味などが混ざった味ではなく、特定の旨味受容体が応答する基本味であったということです。

 現在では、「umami」として、甘味などと並ぶ5基本味と捉えられるようになっています。

 さらに面白いのが、日本人は、昆布だしに、鰹節や干し椎茸のだしを加える合わせだしを行ってきたことです。

 昆布の旨味成分であるグルタミン酸はアミノ酸の一種ですが、鰹節の旨味成分はイノシン酸、干し椎茸の旨味成分はグアニル酸で、これらは核酸系の旨味物質であるヌクレオチドという化学物質です。

 これら核酸系の旨味成分は旨味受容体において、グルタミン酸などのアミノ酸とは異なる部位に結合し、受容体の活性を増強する働きがあることがわかったのです。

 つまり、旨味受容体がより強く反応するようになり、アミノ酸であるグルタミン酸の旨味をより強く受け取るようになるのです。結果として、ヒトは旨味をより強く感じるようになるわけです。

 グルタミン酸と核酸系の旨味成分が旨味受容体を相乗的に活性化する、この分子メカニズムが解明されたのは、実は、2008年のことです。でも、日本人はこの現象を経験から知っていて、合わせだしという調理法を、古くから用いていたのです。

 もちろん、旨味を感じるのは日本人ばかりではありません。旨味受容体は、世界中の人たちにも同じように機能しています。

 例えば、ブイヨンやコンソメにも旨味の成分が含まれていますし、チーズやトマトにはグルタミン酸が含まれています。つまり、西欧の人たちも旨味を好み、料理に使っているのです。

 さらに、チーズやトマト、また醤油にもメチオナールという香りの成分が含まれていますが、この香りの成分が旨味受容体を活性化する力があることが、私たちの研究でわかりました。

 日本人が醤油を調味料として多用するように、西欧の人たちはチーズやトマトを料理に多用します。やはり、西欧の人たちも旨味を好ましい味として感じていたのだと思います。

IT・科学の関連記事

健康的な長寿のために、新たな機能性物質を見つける

2022.7.15

健康的な長寿のために、新たな機能性物質を見つける

  • 明治大学 農学部 教授
  • 浜本 牧子
数理モデルは近未来のスマート農業も実現する

2022.7.13

数理モデルは近未来のスマート農業も実現する

  • 明治大学 総合数理学部 教授
  • 中村 和幸
アインシュタインはいかにしてアインシュタインになったのか

2022.6.17

アインシュタインはいかにしてアインシュタインになったのか

  • 明治大学 政治経済学部 准教授
  • 稲葉 肇
民事裁判のIT化は迅速化のためだけではない

2022.5.25

民事裁判のIT化は迅速化のためだけではない

  • 明治大学 法学部 准教授
  • 栁川 鋭士
日本の折紙が世界にイノベーションを起こす

2022.4.20

日本の折紙が世界にイノベーションを起こす

  • 明治大学 研究・知財戦略機構 研究特別教授
  • 萩原 一郎

新着記事

2022.08.09

自分を活かせるライフワークを見つけよう

2022.08.05

KAMの導入によって企業と環境変化が理解できる

2022.08.01

ボルボ・カー・ジャパンのトップと語る 自動車業界の未来とブランディングの重要性

2022.07.28

自由に取り組んで、自ら学ぶ力を得よう

2022.07.27

幕末のパンデミックを日本人はどう乗り越えたのか

人気記事ランキング

1

2020.04.01

歴史を紐解くと見えてくる、台湾の親日の複雑な思い

2

2022.08.05

KAMの導入によって企業と環境変化が理解できる

3

2022.08.01

ボルボ・カー・ジャパンのトップと語る 自動車業界の未来とブランデ…

4

2017.10.04

精神鑑定は犯人救済のために行うのではない

5

2021.12.15

使い捨て文化にはない豊かさがある、日本の漆器の文化

連載記事