2024.03.21
- 2022年3月9日
- IT・科学
世界で認められてこなかった「旨味」が味覚研究の鍵になっている
戸田 安香 明治大学 農学部 特任講師霊長類の大型化を促した旨味受容体
味覚受容体の変化によって食すものが変わり、それによって生存能力が高まったり、その種が繁栄したりする例は、実は、人間自身もそうなのです。
霊長類が体重1kg未満の小型種であった頃は、主食は昆虫でした。
昆虫にはヌクレオチドの旨味成分が豊富ですが、小型の霊長類の旨味受容体はこのヌクレオチドによって活性化されるのです。それによって昆虫を好み、それをタンパク質源としていたわけです。
いまでも、リスザルやマーモセットなどの小型の霊長類の旨味受容体はヌクレオチドに応答するタイプです。
ところが、一部の霊長類が大型化していったときに、植物の葉を主食とする者が現れました。実は、葉にはヌクレオチドがほとんど含まれていませんし、苦味もあるため、霊長類にとって必ずしも美味しい食べ物であるとは考えられません。
しかし、葉にはグルタミン酸が含まれています。すなわち、彼らは、ヌクレオチドより、アミノ酸のグルタミン酸によって活性化される旨味受容体をもつようになったのです。
地上に豊富にあり、それほど苦労せずに取って食べることができる植物の葉からタンパク質を摂ることができるようになった結果、霊長類の大型化はさらに進み、また、様々に進化することになります。その中で人類が現れたのです。
昆虫食だった霊長類が、大型化にともなって、なぜ、旨味受容体が変化し、その結果、大型化を促進することができたのか、これも、まだ、解明されていません。
しかし、他の基本味ほど重要視されてこなかった旨味が、生き物の食に果たしてきた役割は非常に大きいことは確かなのです。
人類はさらに調理の技術を培い、基本的には忌避する味である苦味や酸味も、旨味などを上手く利用して食することができるようにしてきました。その意味では、人間の食性は特殊です。
しかし、その特殊な食性を活かし、特定の味に偏ることなく、様々な味を食すのが人間らしい食のあり方と言えるのではないかと思います。
味覚の研究は、この20年間で急速に進展しました。そのおかげで、もっと解明しなければならないことも、逆に、増えています。
なぜ、霊長類の祖先はヌクレオチドを好んだのか。そもそも、なぜ、味を感じるのか。味の起源とはなんなのか。私たちはこうした疑問の解明に向けて、さらに研究を進めたいと考えています。
皆さんも、食べる、という生物にとって非常に重要な行動は、それゆえに様々なメカニズムの上に成り立っていることに関心をもってみてください。
味は趣味嗜好のためだけにあるわけではないことがわかってくると、食から始まる生活習慣病なども防ぐことができるようになるかもしれません。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。