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がんを分子レベルで早期診断するシステム開発が始まっている

石原 康利 石原 康利 明治大学 理工学部 教授

工夫やアイデアの積み重ねの先にある成果

 ちょっとした工夫やアイデアが、後で考えると、技術の進歩や実用化、異なる分野への応用に大きく寄与した、ということは多々あります。

 実際、磁性ナノ粒子の活用も、先に述べたように、もともとはがんの治療法として考えられ、いま、がんの早期発見に役立てられようとしています。

 さらに、静脈に注射して磁性ナノ粒子を投与するので、それを追跡すれば、血流の異常を検知でき、血流障害が原因の様々な疾病の早期診断に役立てられる研究も進められています。

 また、アメリカの研究グループが行っている頭部の磁性ナノ粒子イメージングは、がんだけでなく、脳血管の障害や認知症の診断にも役立てられるのではないかと考えられています。

 私たちの研究室では、大きな研究テーマのひとつとして、非侵襲血糖値計測法にも取り組んでいます。

 非侵襲血糖値計測法とは、血液を採取することなく、血糖値を計測する技術のことで、1970年代から世界中で研究が進められています。

 それは、砂糖には吸収する光の波長がある性質を利用し、例えば、指に光を当てて、抜けてくる光を計測すれば、血糖値がわかる、という考えに基づいています。実際、試験管に入れた砂糖水を用いた実験では砂糖の濃度の推定に成功しています。

 ところが、生体で行うと、計測値がバラつき、血液を採取した血糖値の検査のような精度が出ないのです。

 原因としては、血液中には水分が非常に多く、それが光を反射したりするためだと考えられます。また、そもそも生体を抜けてきた光を正確に計測し、分析するのが非常に難しいのです。

 そこで、私たちは、分析化学の技術である光音響分光法を応用した研究を行っています。

 砂糖は、光のエネルギーを吸収すると、それは熱に変わり、膨張します。光を止めればエネルギーの供給がなくなり、砂糖は元の大きさに戻ります。

 これを繰り返すと、大きくなったり小さくなったりする砂糖から振動音が出るのです。それを計測すれば、精度の高い血糖値がわかると考えています。

 日本では、糖尿病に罹っている人が7人に1人いるといわれ、その中には、毎日3~4回採血して血糖値を管理しなければならない患者の方もいます。その身体への負担、衛生面のリスク、また、検査費用は決して小さくありません。

 非侵襲血糖値計測法を実用化できれば、そうした負担をなくすことができます。それが、半世紀近くも進んでいないのが実状ですが、現在、これまでに検討しつくされた方法ではなく、異なる分野の技術を導入した新たな方法を試みています。

 私たち研究者の仕事は、先入観にとらわれることなく、工夫やアイデアを巡らせ、試行錯誤を続けることです。それは失敗に終わることも多くあります。

 しかし、それも試行錯誤のひとつとして、そこからまた新たな工夫やアイデアを絞り出すのです。世界を驚かすような新発明や新発見も、こうした作業の繰り返しの結果なのです。

 医用機器やシステムを実用化することは遠い道のりですが、このような大学が行っている地道な基礎研究の積み重ねがあり、応用研究があって、成果に繋がることを、ぜひ、皆さんにもご理解いただきたいと思っています。そうしたご理解が、がんの早期診断システムや非侵襲血糖値計測法の実用化を進める力にもなるのです。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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