2024.03.21
- 2021年3月31日
- IT・科学
先端医療に貢献するものづくりは、汗の結晶!?
工藤 寛之 明治大学 理工学部 准教授様々な分野で期待される生体成分計測技術
この汗中成分モニタリングデバイスは、まさに腕時計のように手首にはめて使うもので、汗を採取し、その成分を抽出するための薬液、そのデータを送信する装置などからできています。日常生活はもちろん、運動中も邪魔にならずに使用し続けることができ、汗の成分の変化を連続計測することができます。
いま、試作機が完成し、様々なデータを取りながら、さらに改良を進めているところです。
汗に含まれる成分が1日の中でどのように変化するか、多くの人の情報を収集し(ビッグデータ)、解析することによって、そのデータが意味するところがわかってきます。すると、個人が計測したとき、その値の変化によって、健康全般を意識する動機づけになっていくと思います。
私自身は、汗に含まれる乳酸についてもとても興味を持っています。乳酸は疲労によって出てくると思われがちですが、もう少し正確に言うと、乳酸自身は少しずつ酸化されてエネルギー源として利用され、疲労を抑制する働きがあります。筋肉や細胞の活動の中で、糖の分解が急速に進む状況や酸素が足りない状況では、乳酸の生成が消費を上まって蓄積されていきます。そのため、負荷の高い筋トレなどを行っていると、乳酸値が高まるのです。
研究者の間では、汗の乳酸は血液の乳酸が直接反映されているわけではなく、その多くが汗を出す時の細胞の働きで生成されるものだと考えられています。しかし、汗の成分がどのように変化するかを長時間の連続計測によって調べ、その変化に何らかの関係性を見出すことが出来れば、新たな応用が可能になる可能性があります。
この研究では、本格的にスポーツをしている学生たちの関心が高く、彼らがデータの集積に協力してくれています。将来は、トレーニング法に役立つデータなども見出されるかもしれません。
また乳酸の計測はスポーツだけでなく、医療にも役立てられるのではないかと考えており、聖マリアンナ医科大学と共同研究を行っています。例えば、肺の機能低や出血性ショック、その他の循環器の問題で身体全体に十分な酸素が行き渡らなくなった場合、組織の一部が酸欠状態になり、血液中の乳酸値が上がるのです。それが一定の値を越えると、生死に関わる場合もあります。
そのため、患者さんの血液の計測を頻繁に行いたいのですが、患者さんの体力や免疫力の低下を考えると、皮膚や血管に穴を開けることはなるべく避けたいという臨床現場からの要望があります。
例えば、いま、まさに大問題になっている新型コロナウイルスは肺炎を引き起こすことが知られていますが、それは肺機能の低下を意味しています。この場合も、やはり、体内が酸素不足になり、血液中の乳酸値が高まるはずです。患者さんの状態を調べる場合、汗の乳酸値だけで判定するのは難しいかもしれませんが、様々な成分の動態を網羅的に調べていくことで、新たな可能性が拓けることを期待しています。汗中乳酸の観察研究は、その礎となるものです。
また、我々の技術は皮膚だけでなく、体の表面のどこにでもアクセスできるので、唾液の成分も測定することができます。このことを利用して、「からだ」だけでなく「こころ」の健康評価への応用も進めています。例えば、よく知られているストレス物質に唾液中のアミラーゼというタンパク質があります。
他にも、オキシトシンという物質は人の社会的な関係性や愛着行動、発達などに関連することが調べられていて、例えば、お母さんの母乳分泌や、恋人同士が手をつなぐときなどに増えると言われています。自閉症スペクトラム障害との関連も指摘されているんですよ。
これらの物質の分泌量がどのように変化していくかを日常生活の中で測定できれば、人の「個」としての活動から、「群」つまり、集団としての活動が見えてくると考えています。例えば、ある会社組織で考えた場合、その会社や部署の人間関係や働きやすさを定量的に把握することができるようになるかもしれません。すると、それは、人事部や、就活中の学生などにとっては、非常に有効な情報になるかもしれません。もう少しスケールを広げると、「社会」も見えてくるかもしれませんね。平日の朝の電車はストレスフル、とか、夜になるとある場所ではハッピーな人が増えるとか、体の中の物質が教えてくれる情報を可視化できると面白いと思いませんか?
最近は、私たちの身の回りでは様々なものをインターネットに接続することで暮らしを情報化し、利便性を高め、生活の質を向上させるIoT(Internet of Things)技術の普及が進んでいます。
私たちは、身体の成分を手軽に計測するバイオセンシングデバイスを、私たちの身体や健康に関する情報のうち、物質に関わる情報をこうしたシステムで扱うことを可能にするツールとして展開していきたいと考えています。