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デジタル機器に欠かせない透明導電膜の作製技術を自然界に学ぶ

我田 元 我田 元 明治大学 理工学部 准教授

自然界に学ぶ液相法

 薄膜作製技術であるPVDとCVDが気相法と言われるのは、ITOのような原料を気相にするという意味があります。つまり、固体として繋がっている原子どうしを無理矢理バラバラにして気体や原子・分子という高エネルギー状態にする過程があるため、大規模な真空排気設備や、それを稼働させるための多くの電力量が必要になってくるのです。

 では、人はどうやって発電しているのかといえば、その多くの部分を化石燃料に頼っています。当然、それは持続可能なエネルギー資源ではありません。

 透明導電膜は、これからの社会においても、おそらく、必要不可欠な素材であると考えられます。ならば、その作製プロセスにもサステナビリティの発想が必要なのではないかと考えます。そのために、私は液相法という手法を用いた材料作製について研究しています。

 そもそも、薄膜作製とは、ある物質を基板上に堆積させるという技術です。先述したように、ITOの場合、固体のITOを気体や原子状態まで強引にバラバラにして堆積させているわけです。

 では、固体を原子や分子までバラバラにしそれを堆積させるという現象は、人工的にしか起こせないのかというと、決してそうではありません。自然界では主に液体を介して普通に起こっている現象なのです。

 例えば、私たち人間の骨は水酸アパタイトというリン酸カルシウムの結晶と有機物が複雑に複合化して作られています。骨の形成は人の体内で日々行われているわけですが、その作製プロセスには高エネルギーを必要としません。また、生物の中には、金属酸化物や金属硫化物などの無機物質を体の一部として作り出すものもいます。

 では、生物はどのようにして無機材料を作製しているのでしょうか?多くの生物は、水中での化学反応を利用しています。すなわち、水が溶媒となり、水中でバラバラな状態となっている原料を、体内で上手に集積させ、材料としているのです。

 この自然の現象に学び、原料としたい物質を溶媒の作用でバラバラにして、再度集積・結晶化させて材料を作る技術が液相法です。

 例えば、溶媒に水を使う液相法(=水溶液法)について考えてみましょう。水は地球上に大量にある物質であり、資源制約のリスクは低いです。また、大気圧下での水の沸点は約100℃ですが、多くの場合は沸点以下での反応を利用するため、比較的低い温度で材料を作製できます。すなわち、地球上に遍在する資源を利用し、大量のエネルギーの必要もなく材料を作製できることになります。

 つまり、自然に学び、それを応用することで、自然界と同じような持続性を実現する技術になるわけです。

 もちろん、このような技術を利用して材料を作製するには多くの課題があります。一つは、作製された材料に溶媒分子が混入することです。つまり、集積・結晶化の過程で、溶媒分子が不純物として目的物質に取り込まれ、その一部になってしまうのです。また、原子や分子の並び方も重要なのですが、低いエネルギー状態を使用するため、原子・分子が動きにくく、狙った通りに並べるのが難しい場合もあります。

 上記をはじめとする多くの課題を解決し、液相法で作製した薄膜の機能性材料への応用を目指し、私たちは研究に取り組んでいます。特に、水溶液法とベースメタルを利用し、透明導電膜をはじめとする種々の電子材料の作製を進めています。

 いま、社会の様々な分野や私たちの身の回りにおいて、生産性を高めたり、利便性を向上させるため、PCやスマートフォンなどのデジタル機器の活用が推進されています。それらの機器に必要不可欠な材料の一つが、透明導電膜です。ところが、その透明導電膜は多くのエネルギーとレアメタルを消費して作製されているのです。

 それは目につきにくいことなので、一般にはあまり知られていません。私たちのような立場の者が、それをもっと発信していかなければならないと思っています。

 現代のものづくりがエネルギーの大量消費で成り立っていることが知られていけば、自然界の現象に学んだ液相法のような技術の開発にも関心が高まると思います。それは、持続可能な社会はどのように実現し得るかを考えることに繋がっていくと思います。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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