高濃度のヒ素に耐性をもつ線虫を発見
私たち研究チームが発見したヒ素耐性をもつ線虫も、線虫の新たな能力の解明に繋がるものと考えています。
アメリカのカリフォルニア州にあるモノ湖は、猛毒のヒ素を豊富に含むことで知られています。ここには、渡り鳥が一時的にやって来るほかは、微生物や藻類と、エビの1種(ブラインシュリンプ)、ハエの1種(アルカリミギワバエ)しか生息していないと言われていました。
ところが、私たちが調査したところ、同定できただけでも8種類の線虫の生息が確認できたのです。
日本でも、過去に様々なヒ素中毒事件が起きており、ヒ素が猛毒であることはご存じだと思います。では、このヒ素が高濃度であるモノ湖で、なぜ、生息できる生物がいるのか。
例えば、アルカリミギワバエは、モノ湖にしかいない固有のハエですが、自分の体の周りに膜のようなものを張り、ヒ素が体内に入ってこないようにする能力があることがわかっています。
では、線虫はどうなのか。線虫の場合は、体内にはヒ素が入っていくことがわかっています。すなわち、線虫の体にはヒ素を無毒化する仕組みがあるのではないかと考えられます。
調べてみると、モノ湖で発見した種の近縁種も、ヒ素耐性が高いのです。では、どうやって高濃度のヒ素耐性を身につけたのか。
実は、私たちが注目しているのは、線虫とリンの関係です。
リンは主要ミネラルのひとつですが、殺鼠剤や農薬にも使われているように、高濃度になると有毒になります。
このリンは、土の中や、糞など有機物が豊富なところに大量に含まれているのですが、こうしたところにも線虫は生息しています。
そこで、このメカニズムをヒ素にも転用したのではないかと考えられるのです。
実は、モノ湖で見つかっている線虫の8種類は、それぞれ異なる生態をもっていて、その系統関係からもモノ湖に侵入した一種の祖先種から枝分かれしたとは考えられません。
さらに、モノ湖のヒ素は徐々に蓄積されて高濃度になったものですが、生物が棲めないほど高濃度になってから現在までの時間は、生物が環境に応じて新たな形質を獲得する時間に比べると、非常に短いのです。
つまり、種の異なるそれぞれの線虫が、これほどスピーディーにヒ素耐性の形質を得ることができたのは、もともと備えていた別の能力を転用した可能性が高いのではないかということです。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。