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トルコのクーデター失敗は“最良のシナリオ”へと続くのか

山内 昌之 山内 昌之 明治大学 研究・知財戦略機構 特任教授

クーデターに立ちはだかったのは民主主義を守るためだけではない

 そのトルコで、なぜ軍人によるクーデターが起き、それも未遂に終わったのか。まず、エルドアン氏が2014年に大統領に選ばれて以降、軍の権限を奪ってきたことによる反発があったといえるでしょう。日本ではあまり知られていませんが、トルコの軍はNATOでアメリカに次いで第2位の軍事力を誇り、歴史的に官僚機構と対等の自立性も保持していたことで、トルコの軍人は強いプライドをもっています。その軍が政治の表舞台から後退させられ、様々な既得権益を奪われるということは、軍人としてのプライドを傷つけられるだけでなく、軍人個々の生活設計も縮小させられことになります。つまり、将来に関わる軍の利益構造が脅かされる状況にあったのです。しかし、軍隊のシビリアンコントロールはトルコに限らず、第2次世界大戦以降の世界の流れです。軍人対官僚の争いを統御し、シビリアン優位に進めるのは、政治家としてエルドアン大統領の手腕でもあったのです。実際、軍人が政治の表に出る時代ではない、ということを理解する新しい世代がトルコ軍の首脳の中にもいたからこそ、クーデターは一部の軍人による反乱となったのです。

 このクーデターが失敗に終わった大きな理由は、反乱軍の戦術が未熟であり、21世紀の通信技術と市民の政治意思を過小評価していたことです。エルドアン大統領や支持政党の公正発展党(AKP)首脳は身柄を拘束されることなく、携帯電話やソーシャル・ネットワーク・サービスを通して、市民に対して反乱軍に立ち上がるように呼びかけることができました。このことは日本のメディアでもずいぶん報道されたので、ご存じの人も多いでしょう。では、市民はエルドアン大統領の呼びかけに応じて、なぜ本当に立ち上がったのか。戦車によじ登る市民の映像などがニュースとして流されたので、ご記憶の人も多いでしょう。その結果、市民にも多数の犠牲者が出たのですが、それほどまでして立ち上がった理由のひとつには、20世紀半ば以降、3回の大きなクーデターを経験してきたトルコの人々は、軍人が政権をもつとどういうことになるのかよく知っていたことがあります。自分たちが選挙によって選んだ政権を軍人が非合法な形で倒し、強権支配を敷くことを、市民は拒否したのです。中東の中で成熟した民主国家であるトルコの市民は、民主主義を守るために立ち上がった、といえます。

 しかし、立ち上がった市民たちが純粋な民主主義者かといえば、必ずしもそうではありません。彼らは、「民主主義万歳」ではなく、「アラーアクバル」(アラーは偉大なり)と叫んで反乱軍に立ちはだかっています。つまり、民主主義を推進する世俗主義者ではなく、エルドワン大統領とAKPを支持するイスラム主義者なのです。エルドアン大統領の政治手腕のひとつが、“利益誘導”による勢力固めです。農村部や地方都市でのいわゆるバラマキ、都市部では、あらゆる公務員をはじめ、教育界、法曹界、ジャーナリズムの世界などでも、自分に味方する者への論功行賞。あるいは自らが経営する企業から仕事を与える利権構造など。こうした利益誘導による支持者の拡大がエルドアン大統領の政治基盤となっているのです。その結果、自分たちの利益共同体を守るために立ち上がった市民たちは、戦車にも立ちはだかりました。選挙によって選ばれたエルドアン支持者という意味で、彼らも民主主義者といえますが、人はイデオロギーや精神性だけで行動するわけではなく、そのことをエルドアン大統領は熟知しており、そこに政治運営の基盤を置くところが、彼の尋常ではないリーダーシップ力につながっているといえます。

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