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2021.05.12

インクルーシブなミュージアムへ、博物館の進化が始まっている

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目指すはインクルーシブなミュージアム

 しかし、日本の博物館も変化の動きが起こっています。

 博物館が、どんなに素晴らしい作品や、意義ある研究の成果を一生懸命展示しても、訪れる人がいないのでは意味がありません。誰もが気軽に訪れる学びの場になるためには、馴染みにくいとか、堅苦しい、という博物館のイメージを払拭し、親しまれるものとすることが必要です。

 その工夫として、体験コーナーを設けたり、さわれる展示をしたり、館内を明るくするところが増えています。そうした取り組みは好評で、博物館を利用する敷居を低くしているようです。

 このような博物館の実践は、もちろん、とても意義深いことであり、今後も推進していかなければいけません。

 ただし、ここで気をつけなければならないのは、博物館は公教育を担う施設であること。つまり、誰もが学べるために、誰にでもひらかれた場である、という博物館の本質を見失わないことです。

 例えば、体験コーナーは面白いだけでなく、体験によってなにを知って、あるいは感じてもらうのかを検討して、それが伝わるようにすることが大切です。

 また、資料にさわるという方法は見る以上の情報と感動を伝えることがあります。同時に、視覚障害の人も利用できる展示になるものです。その場合、さわることができない資料の実態や魅力はどうやって伝えるのか。そうしたことも考えないと、本当に誰にでもひらかれた博物館とはなりません。

 そして、楽しく親しまれるための工夫は大切ですが、学びの効果がほとんど考慮されず、観光などを目的とした集客に傾倒してしまうことを危惧します。博物館の楽しさは、インフォーマルな学びの先に生まれるものだからです。

 こうしたことをていねいに考えていくと、博物館をひらかれたものとするためには、多様な人びとの学びのスタイルに適うという観点で理念を打ち立て、そのうえで展示方法や活動のあり方を考えるべきだと思います。

 日本では障害のある人たちも利用できる博物館の理念を、ユニバーサル・ミュージアムと呼んでいます。日本の造語ですが、1990年代末から主張されてきました。これは、利用が困難であった人たちに博物館をひらく道しるべとなるものですが、障害のある人たちを含め、より多様な人々を迎え入れる視点がこれからの社会では肝要でしょう。

 その意味で、目指すべきは、インクルーシブなミュージアムであると私は考えています。これは、社会生活から疎外されがちな、あらゆる人たちを包摂したコミュニティーづくりを目指す、ソーシャル・インクルージョンの思考をふまえた博物館理念です。

 そこでは、博物館の本質である、誰にでもひらかれた教育施設であることを見失わずに、人々の多様性に対応する適切な工夫が大切です。

 これを実現するためには、展示のあり方において、従来の視覚型ではなく、知覚型への転換がポイントだと思います。

 見ることはもちろん、さわることと、音や匂い、場合によっては味わうことも含めた、五感をフルに活用できる展示を開発していくことが、インクルーシブなミュージアムに繋がり、それは博物館での学びの効果を、すべての人たちに高めることにも繋がっていくと考えています。同時に、博物館をアクティブで楽しい場へと押し上げるはずです。

英語版はこちら

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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