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働き方改革のゆくえ

 昨今の教員採用試験の倍率低下や教員不足問題は、このような過酷な労働環境が一因と考えられています。

 2022年の夏に実施された小学校教員採用試験では、採用試験を実施している66地区のうち、29地区において倍率が1倍台でした。受験倍率の低下は、不合格者を供給源の一つとしていた常勤および非常勤講師の不足を招いています。

 こうした事態は結果的に授業の質の低下や教師の多忙化に拍車をかけ、受験者をさらに減少させてしまうという負のスパイラルを生み出すおそれがあります。

 これに対し、各自治体は教職の魅力発信に力を入れたり、採用試験の早期実施や他都市での開催等によって受験者確保を目指しています。

 教職の魅力発信については、2021年に、文科省が「#教師のバトン」プロジェクトを立ち上げ、SNSを介して教師自ら教職の魅力を発信するプラットフォームを整えました。

 しかし、そこに届けられた声は、現場の労働環境の悲惨さを訴えるものばかりでした。

 このプロジェクトは当初の目的を外れた意図せぬ結果をもたらしたわけですが、ここに集まった教師一人一人の声や、さきほどの二つの訴訟等が教師の労働環境を問題視する大きなうねりを生み出していったと言えるでしょう。

 こうした潮流を受け、与党自民党も給特法見直しに向けた動きを見せ始めました(2022年11月)。そこでは、教職調整額の増額を軸に検討が進められているようですが、これでは、労働量を削減することはできません。

 というのも、残業に割増賃金を支払うことは使用者側にペナルティーを科す側面がありますが、定額の教職調整額にはそのような機能がないからです。

 一人一人の教師の労働量を減らすには、残業手当の支払いや過重労働を課した管理者への制裁とともに、教員定数の見直しが不可欠です。

 各学校に配置される教職員定数は学級数等を基準に定められていますが(公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律)、教師の働き方を見直すためには一人あたりの持ちコマ数に上限を設け、これをクリアできる算定基準に設定し直す必要があります。

 もう一つ大切なことは、教師が自らの手で自分たちの仕事を減らしていくことです。

 教師の仕事の多くは、それぞれの学校でやり方が決められています。学級経営、生徒指導、学校行事、部活動といったものの質や量は各学校の裁量に委ねられている点は確認されてよいでしょう。

 授業についても、学習指導要領や検定教科書を介して国が大枠を定めていますが、それぞれの授業の進め方や提出物、テストの扱い等については個々の教師および教師集団の裁量に委ねられています。

 このことは、教師に仕事量を減らす裁量があることを意味しています。

 しかし、これまでは教師の裁量は仕事を増やす方向に作用してきました。子どものために良かれと思って献身的に働いてきた結果が、多忙化に繋がったことは否定できません。

 自発的に「戦線」を拡大した結果、それを持ちこたえることができなくなったいま、「補給」を要求するだけでなく、自ら「戦線」を縮小することを真剣に考える必要があります。

 働き方改革は、法制度、訴訟、文化、SNS、個人の意識、労使交渉といったさまざまな水準での取組みの結果として漸進的に達成できるものです。

 それぞれの水準で改革を前に進めていくことが、「教職の危機」を乗り越えるために求められているのだと言えるでしょう。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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