
2023.02.03
明治大学の教授陣が社会のあらゆるテーマと向き合う、大学独自の情報発信サイト
歴史に名を残す偉人から、カリスマ性のある著名人、その道を究めた学者まで。明治大学・教授陣に影響を与えた人物を通して、人生やビジネスに新たな視点をお届けします。
私が学部生時代に、博士課程にいらした先輩です。今は学会で活躍するばかりでなく、一般の方向けの発信も積極的に行なっていらっしゃいます。
先輩には、ゼミでお世話になりました。学部生が博士である先輩方の研究を手伝いながら、実践的に研究法を学ぶというゼミでした。
研究や分析方法について、全体の地図を示しながら理路整然と話す先輩の姿が、スマートで格好良かったのを今も憶えています。一番人気のゼミで、学部時代の同期で今も研究者をやっているのは、全員その先輩のゼミ出身者です。
先輩から教えていただいたことはいろいろあるのですが、印象に残っていることの1つは、ゼミに入った最初のころに教えていただいた「直接効果と間接効果の分離」と「媒介」という考え方です。
ビジネスマン向けの記事ということなので、仕事に関係しそうな例として、スマートフォンや自動車保険でよくある、新規加入者向けの割引キャンペーンを考えてみましょう。
そのようなキャンペーンは、新たにサービスを利用する人にとっては得なことで、新規顧客の獲得には良いのかもしれません。その一方で、既存契約者にとってみれば何も得がないばかりか、他人が自分より安い価格で同じサービスを手に入れるという不公正な事態になってしまいます。
Pizzutti dos Santos & Basso (2012)は、インターネットプロバイダ料金を題材にした研究で、新規顧客への割引が既存顧客に不公正感を与え、ネガティブなクチコミやブランド乗り換えの意図を高めてしまうことを示しています。
これは、既存顧客が感じる不公正感が、ネガティブなクチコミやブランド乗り換えの意図に与える「直接効果」です。この結果だけを見ると、新規加入者向けのキャンペーンは悪手、ということになってしまいそうです。
しかし、彼女たちの研究は同時に、既存顧客の不公正感が否定的感情を強める一方で、企業への信頼感を落とし、そのことがネガティブなクチコミやブランド乗り換えの意図を高めるという「間接効果」を示しています。
さらに、これらの「間接効果」を考慮すると、不公正感からネガティブな口コミとブランド乗り換えへの「直接効果」はなくなることが示されています。つまり、不公正感の影響は否定的感情や信頼に「媒介」されていたわけです。
こうなると、新規加入者向けキャンペーンを行う際に、「間接効果」を念頭に、既存顧客の感情や信頼を損なわない方法はないか、という問いを立てることができます。
ここで紹介した「直接効果」「間接効果」「媒介」の話は新たな視点ではなく、初歩的な思考のテンプレートですが、このような「型」を知っておくことは、物事を考える第一歩としてはとても有意義だと思っています。
学生が卒業するまでにいくつかの「型」を身に付けてもらうことを1つの目的として、教育活動にあたっています。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。