「従わないと身の危険が」との事情は考慮されるか?
前述のように、「闇バイト」で特に世間から注目を集めているのは、強盗をした実行役が人を負傷・死亡させたケースです。法的には刑法240条が適用され、各関与者は強盗致死傷罪の共同正犯となりえます。
この場合、首謀者が強盗致死傷罪の共同正犯になるかどうかは、どの程度の指示があったかが焦点になると思われます。事前に殺人・傷害までは共謀されていなければ、首謀者は強盗罪にとどまるかもしれませんが、殺害が強盗の結果として認識されていた場合や、事前に「現場で臨機応変に対処しろ」「手段は問わない」といった指示があれば、首謀者も強盗致死傷罪の共同正犯として責任が問われる可能性があります。
いずれにしても、死刑もありうる重大犯罪を、よく知らない人物からのSNSの指示メッセージに従ってワンボックスカーに乗り込み、その日が初顔合わせである者同士で遂行するという態様は、これまでの共犯=共同正犯のイメージとは大きくかけ離れているのではないでしょうか。
こうした犯罪の背景に、首謀者(指示役)に個人情報をおさえられて、「言う通りにしないと実家を襲う」などと脅されたというような事情が存在することも、明るみになりつつあるところです。たとえば、現場で後ろから銃を突きつけられて「そいつを殴れ」といわれ、そうしないと自分の生命や家族の命が危ないという極端なケースの場合、その事情が考慮される可能性はゼロだとはいえません。
刑法では、「適法行為を選択できたのに違法行為を選んだ場合に非難される」という考え方があります。とはいえ、脅されてやむをえなかったという事情があったとしても、場合によっては殺人まで発展しかねない強盗の現場に行く前に、警察に相談するなりして違法行為を回避することは可能だったと裁判所が判断すれば、やはり非難は免れない可能性が高いと思われます。
繰り返しますが、強盗致死傷罪において、被害者を死亡させた場合の刑罰は、死刑または無期拘禁刑です。社会の多くの人々は、報道等で闇バイト事案を見て、なぜこんなことをしてしまうのか理解できないのではないかと思います。あるいは、自分がその加害者になるかもしれないという意識をまったく持ちえないでしょう。
しかし、どれだけ人生が順調でも何かのきっかけで転落してしまう可能性がある社会では、人は誰でも犯罪者になりうるのではないかと私は思います。
もちろん、犯罪は憎むべきものであり、犯罪者は個人として責任を負わされるべきものです。しかし一方で、人間は弱い生き物であり、ほんのわずかな間違いで犯罪者になってしまうということは強調したいと思います。だからこそ、処罰するだけではなく、犯罪を「予防する」という視点を持つことも重要だと思うのです。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。