星野リゾートを成功に導いたマルチタスク
そもそも、これまでのホテル業界では、業務別に専門の従業員を置く縦割りのシフトが常識でした。フロント担当なら予約管理や電話担当、チェックイン・チェックアウトの対応が主であり、厨房担当ならば調理やホールでの仕事が任されていました。
一方で、ホテルの各業務は、時間帯によってはアイドリングタイムが発生します。たとえば調理の業務でしたら、朝食の片付けが終わる午前9時から正午ごろまでは比較的手が開いている状態(「手待ち時間」)です。
また、ホテル業界では朝と夜に働いて昼頃に数時間の長い休憩をとる「中抜けシフト」という働き方があり、実質的な拘束時間の割に実働時間が短い(またはサービス残業が発生する)という欠点が指摘されてきました。
つまり、これら「手待ち時間」や「中抜けシフト」に見られる「仕事のない時間帯」をなくし、労働生産性を高めるというのが、星野リゾートのマルチタスクの試みなのです。
星野リゾートでは、「フロントサービス」「レストランサービス」「客室・館内清掃」「調理」を基本の4種目スキルとして、1人のスタッフが複数の業務に当たることができる人材を育成しています。
たとえば午前の早い時間には厨房・レストランホールでの業務に当たり、朝食が終わればチェックアウトのためのレセプション、その後は客室・館内の清掃業務に入り、午後の夕方ごろにはチェックインの客を迎えるため再びフロント業務という一連の作業を同じスタッフが行うことを可能としているのです。
プレスリリースなどによれば、同社ではスタッフ全員がほぼ同じスキルを取得しているので、8時間労働+1時間休憩の枠組みのなかで、労働負荷の低い業務に人員を割くという無駄がなくなります。マルチタスクを活用して効率的なシフトを組むことは、企業の収益率を高めることにつながります。
また、2014年に政府の会議でプレゼンテーションした資料において、星野佳路代表は、マルチタスクのメリットについて「施設のサービス全体を理解することで、顧客の要望に即時対応が可能になり、結果的に満足度が上がる」と説明しています。
同社では人材育成(OJT)として、作業内容を全スタッフが理解できる単位まで細かく分解し、生産性を意識させるトレーニング方法を実施しているとされています。前述のように、労働生産性の向上は「1人当たり売上高」を高めることが重要になりますので、星野リゾートのマルチタスクの取り組みは、この点を非常に意識していると評価することができるでしょう。
なお、米国では適材適所のジョブ型雇用が主流ですが、星野代表は米国進出に際してもマルチタスクでの雇用・人材育成を明言しており、同業他社との競争に勝つ「強み」として捉えられていることが伺えます。
※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。