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草案を起草したGHQのメンバーは、日本の憲法研究会案を参照していた

憲法改正を主張する政党や政治団体等が改憲にこだわる理由のひとつは、日本国憲法が、第二次世界大戦後に日本を占領した連合国軍最高司令官総司令部(いわゆるGHQ)による「押しつけ憲法」だから、ということです。実は、1945年8月にポツダム宣言を受諾した後も、当時の日本政府は大日本帝国憲法(明治憲法)の基本原理(天皇主権、権力集中、基本的人権の否認)を変更する意図はありませんでした。それを知ったマッカーサーは、GHQの民政局のメンバーに指示して1946年2月初旬に憲法草案を起草させました。これをもとに、日本政府との交渉の末でき上がったのが大日本帝国憲法改正草案です。同年6月から帝国議会で議論をして、同年11月3日に日本国憲法が制定され、1947年5月3日から施行されました。

このような過程をみると、確かに「押しつけ憲法」のように感じますが、押し付けられたのは当時の政府であって、国民の多くはこの草案に賛成していたことも、しっかり確認しておく必要があります(下記の参考1にみるように、1946年2月・3月の段階では、確かに日本政府にとっては「押しつけ」の契機があったことが、3月15日の閣議に記録にも示されています。しかし参考2をみれば、ほとんどの国民はこの憲法草案の戦争放棄や象徴天皇制に賛成しており、むしろ「押し付けられてよかった」ことが理解できます。)。

また、GHQの民政局が草案起草にあたり参照した国内外の憲法案などのなかに、「憲法研究会案」がありました。これは、日本の自由民権思想の研究者であった鈴木安蔵らの憲法研究会が提出した草案です。日本の自由民権運動は明治期に民衆運動として盛んになり、フランスの人権宣言などの研究も早くから行い、「五日市草案」などの私擬憲法草案を生んでいます。明治期にすでに勃興していたこうした自由民権の活動を研究し、いわば結集させたのが鈴木安蔵らの憲法研究会案で、そこには、国民主権や男女平等などが謳われていました(原文は、辻村『人権の普遍性と歴史性』創文社、325頁以下に掲載しています)。この草案が民政局の起草チームに強い影響を与えたことは、そのメンバーのひとりであったマイロ・ラウエルのノートに、はっきりと記載されています(高柳賢三・大友一郎・田中英夫編著『日本国憲法制定の過程Ⅰ・Ⅱ』有斐閣、1972年、Ⅰ27頁以下、Ⅱ18頁以下参照)。

さらに、近年、この民政局メンバーたちが、当時の状況を語っています。そのひとり、ベアテ・シロタ・ゴードンによれば、彼らは当時の最もレベルの高い新しい憲法原理を取り入れることを目指していました。それはアメリカの憲法を超えるものだったのです。その意欲は、アメリカの憲法には謳われていない社会権の保障や、家族における男女平等と個人の尊厳を掲げた24条、平和的生存権を謳った前文など、日本国憲法の随所に見ることができます(べアテ・シロタ・ゴードン『1945年のクリスマス』柏書房、憲法24条の制定過程は、辻村『憲法と家族』日本加除出版、79頁以下参照)。

つまり、いまの日本国憲法は、GHQによってアメリカの憲法を押しつけられたようなイメージがありますが、(当時の政府に対する押しつけを認めるにしても)決してそれだけではなく、日本には脈々と自由民権の精神が流れていることを知った民政局のメンバーが、近代立憲主義に則った憲法をつくることを目指した結果であるということができます。

ある意味で、新しい憲法とは、旧い体制を守りたい側からすれば、常に「押しつけ」です。王制を倒して共和制の憲法を作ったフランス革命期の人権宣言や憲法が良い例です。

大日本帝国憲法を守りたかった当時の政府に対して押しつけられた日本国憲法は、国民主権、基本的人権保障、権力分立、平和主義(戦争放棄)など、近代立憲主義の基本原理を確立した憲法として、世界の憲法の中でも優れた内容を持っています(憲法の系譜については、参考3参照)。

では、このような日本国憲法は、現代の私たちにとって、果たして、「押しつけられたから、改正すべき」憲法、なのでしょうか。そのように考える国民は、今日では、それほど多くはないように思われますので、次回は、いまの憲法は「実態」に合わないのか、について考えてみましょう。

参考1
1946年3月15日閣議
「天子様を捨てるか、捨てぬかという事態に直面してわれわれはやむなく司令部側の案を承認した」
(入江俊郎参考人発言)
(憲法調査会『憲法制定の経緯に関する小委員会報告書』1964年、415-416頁)

参考2
5月27日毎日新聞輿論調査結果
象徴天皇制賛成 85%    戦争放棄賛成 70%
(芦部信喜他編『日本国憲法制定資料全集(4-1)』2008年443頁参照)

参考3 日本国憲法の系譜

 
#1 そもそも、憲法と法律はどう違うのか?
#2 日本の憲法改正手続は特に厳しすぎるのか?
#3 日本国憲法は「押しつけられた憲法」か?
#4 いまの憲法は「実態」に合わない?
#5 改憲を問う国民投票のまえに知っておくべきことは?

 

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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