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#2 日本の憲法改正手続は特に厳しすぎるのか?

明治大学 専門職大学院 法務研究科 教授 辻村 みよ子

世界のほとんどの国の憲法は、簡単に改正できない「硬性憲法」

憲法を改正する手続について、憲法のなかに規定があります。日本国憲法では、96条です。各議院の総議員の3分の2の賛成で国会が発議し、選挙の時などに行われる国民投票において、その過半数の賛成によって決せられると定められています(下記、参考A参照)。

ところが、2012年12月の総選挙によって自民党が政権に復帰した直後から、日本の改憲手続は厳しすぎる、国会発議の要件を2分の1にすべきだ、という主張が出てきました。確かに、世界各国の憲法は、一般の法律よりも改正が困難な「硬性憲法」と、改正が比較的容易な「軟性憲法」とに分けることができ、日本国憲法は前者の「硬性憲法」に入ります。

しかし、それは日本が特別なのではなく、世界のほとんどの国が硬性憲法です。例えば、アメリカでは、上下両院の3分の2の賛成で発議し、全州の4分の3以上の州議会の承認が必要です。スペインでも、憲法の全面もしくは重要事項の改正では、両議院それぞれの3分の2の賛成後、議会を解散して、再度新議会の両議院の3分の2で改正を発議し、国民投票に付して、ようやく決定する手続になっています。また、改正の発議に議会の4分の3の賛成が必要な国も7カ国(フィリピン、モンゴル、ブルガリア、台湾、シリア、ロシア、南アフリカ)以上あります(参考B参照。国会図書館「憲法改正手続の類型」2003年では、125カ国の手続が列挙されています)。

それは、前回述べたように、憲法には権力が暴走しないように縛る役割があり、政治は憲法に従って行わなければならないという「立憲主義」の考え方があるからです。それなのに、日本で、憲法改正の発議を2分の1にして、憲法改正を容易にしようとするのは、「硬性憲法」や「立憲主義」の考え方に反するものです。(世界の憲法改正手続の詳細は、辻村みよ子『比較のなかの改憲論――日本国憲法の位置』岩波新書、2014年、第1章、世界の憲法については、初宿正典=辻村みよ子編『新解説 世界憲法集(第4版)』三省堂、2017年、辻村『比較憲法(第3版)』岩波書店、2018年近刊、などをご覧ください。)

最近では、ドイツでは60回、フランスで24回、アメリカでも27回の憲法改正が行われているのに、日本は0回であることが強調される傾向があります。しかし、問題は回数ではなく、憲法改正の必要をそれだけ国民が認めたということが重要です。フランスでは欧州統合、ドイツではさらに東西統一などの重大な国家構造の変更がありました。多くの場合、政権与党の賛成だけでは憲法改正の発議ができず厳しい手続を課す仕組みになっているのは、野党も含め大多数の国民から、どうしても改正しなければならないという要望が湧き上がってくるような事態になった場合にのみ、憲法は改正されるという趣旨があるからです(参考C参照)。

日本では、96条の改正手続を変更して簡単にしようとする主張に対して、「ルール変更は姑息な手段ではないか」などの批判や反対論が噴出したことから、このような主張はいったん引っ込められたように見えます。しかし、それでも、現在の政府と自民党では、改憲を急ぐ姿勢はどんどん強まる一方です。それほど改憲にこだわる理由は一体何なのでしょうか。

次回は、日本国憲法は「押しつけられた憲法」か、について考えます。

参考A 憲法96条1項の憲法改正要件
96条1項「この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2の賛成で、国会がこれを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。
この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」

参考B 諸国の憲法改正手続(国会の発議要件)
①4分の3 
 フィリピン(+必要的国民投票)、ブルガリア、南アフリカなど7カ国以上
②3分の2+解散+3分の2の発議+国民投票
 スペイン (重要事項)
③国民発案+国民投票
 スイス
④議会発案+解散・総選挙+再議決+国民投票過半数(+全有権集の40%の)賛成
 デンマーク

参考C 諸国の憲法改正の回数と手続
ドイツ(1949年基本法) 改正回数60回 連邦制
    連邦議会の3分の2+連邦参議院の3分の2 (改正内容の制限あり)  
フランス(1958年憲法) 改正回数24回
    両院の2分の1+人民投票又は両院合同会議の5分の3 (改正内容の制限あり)
イタリア(1947年憲法) 改正回数16回 連邦制
    2回の評決(2分の1)+3分の2又は人民投票過半数(改正内容の制限あり)
アメリカ(1787年憲法) 27回(第二次大戦後6回)連邦制
    両院の3分の2+全州の4分の3の承認
(辻村『比較のなかの改憲論――日本国憲法の位置』岩波新書、2014年、25頁以下参照)

#1 そもそも、憲法と法律はどう違うのか?
#2 日本の憲法改正手続は特に厳しすぎるのか?
#3 日本国憲法は「押しつけられた憲法」か?
#4 いまの憲法は「実態」に合わない?
#5 改憲を問う国民投票のまえに知っておくべきことは?

 

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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