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パンデミックによって質屋の機能が見直された!?

井上 達樹 井上 達樹 明治大学 商学部 専任講師

100年前のパンデミックのときには庶民の生活支援に貢献

 この質屋が社会に大きく貢献したと言えるのが、1918年(大正7年)から大流行したスペインかぜのときです。ちょうど、現代のコロナと同じような状況で、外出が制限されたり、休業を余儀なくされた人たちが続出したのです。

 しかも、この時代は、現代のような社会保障制度がほとんどありません。パンデミックの中を、特に、貧困層の人たちが乗り越えるのに、質屋の果たした役割は非常に大きかったと言えます。

 1920年前後の質屋の利用状況を調べてみると、質草は9割くらいが衣類です。

 特に、当時、まだ多かった和服などは、現代の洋服のように、ちょっと汚れたら捨てて新しいものに買い替えるというものではなく、何代にもわたって着続けたり、仕立て直すのが当たり前でした。そこで、質草としても有効だったのです。

 もちろん、それで高額を借りることはできませんが、むしろ、急場をしのぐことができて、後日、働いて受け出すことができる程度の額で良かったのです。実際、この頃の質流れは10%ほどで、ほとんどの質草はちゃんと受け出されています。

 当時の質屋の利息も、貸した額に応じて上限が決められていて、それは月4%くらいです。現代の感覚では高いように感じますが、当時の消費者金融と言える、いわゆる高利貸しの利息はそんなものではありませんでした。それに比べれば、質屋は利用しやすいものでした。

 この時代には、民間の一般的な質屋とは別に、「公益質屋」もありました。

 これは、市町村や県、府などの自治体が運営主体となって質屋業務を行うもので、民間の質屋よりさらに低い利息でお金を貸し付けました。しかし、だれでも利用できるわけではなく、利用できるのは生活に困窮している人に限られ、借りられる額にも上限がありました。

 また、返金できないときは、やはり、質草は流されますが、それが貸したお金以上の金額で売れると、その差額は利用者に渡される仕組みでした。つまり、利益目的の業務ではなく、貧困層の生活を支援する制度の一環であったと言えます。

 この公益質屋の仕組みは、フランスやイタリアなどで古くから行われている制度を参考にしたものです。

 実は、ヨーロッパでは、慈善事業のような形で質屋の制度が生まれたのです。つまり、ヨーロッパでも、質屋は貧困層を支援する金融機関として機能するものと考えられていたわけです。

 日本では、あくまで商売として質屋は発展しましたが、そもそも質屋の仕組みには、貧困層の生活を支援する、福祉活動的な側面があると言えるわけです。

 例えば、商売の面だけから言えば、すすで汚れた鍋を質草にしてお金を貸すことはないでしょう。しかし、実際に、そうしたものも質草になっています。

 それは、鍋は生活必需品であり、必ず受け出されるという信頼関係が質屋と客の間にあったからこそ質草となり、客は急場をしのぐ現金を手に入れ、後日、そのお礼のような形で利息を添えて返金するような仕組みであったと言えるのかもしれません。

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