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2022.11.09

食べることで太らないようにする方法が見つかりそう

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ホウレン草のタンパク質が救世主になるかもしれない

 GIPは小腸から分泌されるインクレチンホルモンですが、それが脳に到達してレプチン系に作用していることは、実は、まったく新しい発見でした。

 従来、消化吸収器官から分泌されるホルモンが脳のレプチン系に作用するという概念はなかったのです。しかし、これはヒントになりました。

 すなわち、小腸で吸収される食品由来の成分で、脳に到達し、なんらかの作用を及ぼしているものが他にもあるのではないか、ということです。

 そこで、私たちは様々な成分で実験を重ねたところ、ホウレン草が持つタンパク質のルビスコがヒットしました。

 このホウレン草ルビスコを消化管酵素で消化した機能性ペプチド(タンパク質を構成するアミノ酸が2個以上結合したもの)に、YHIEPV(以下、緑葉ペプチドと呼ぶ)があります。この緑葉ペプチドが視床下部のレプチン受容体の感受性を増強することを突き止めたのです。

 さらに、過栄養状態を模したパルミチン酸(牛脂や豚脂などの主要脂肪酸のひとつ)によるレプチン抵抗性を、この緑葉ペプチドが改善できることも明らかにしました。

 すなわち、緑葉ペプチドは視床下部の細胞内レプチン感受性を制御できることを見出したのです。

 ここまでは、緑葉ペプチドを脳に直接投入する実験でしたが、次の段階として、肥満マウスに緑葉ペプチドを経口投与したところ、やはり、視床下部のレプチン感受性が改善することをはじめ、高脂肪食摂取による体重増加を抑制し、抗肥満作用を発揮することを見出しました。

 すなわち、口から飲んだペプチドが脳に到達し、肥満によって惹起している視床下部のRap1の活性化を抑制し、レプチン感受性を改善することを証明できたのです。

 とはいえ、これで、すぐに人の肥満防止に役立つというわけではありません。まだまだ動物実験レベルであり、これからさらに研究を重ねていく必要があります。

 ちなみに、計算上ですが、人にこうした効果を及ぼすためには、毎日100g以上のホウレン草を食べなくてはなりません。これはこれで、ちょっと大変です。

 しかし、ルビスコとは、植物の光合成の二酸化炭素固定に関わる酵素で、アミノ酸の一次構造に若干の違いはあるものの、光合成を行うすべての植物が持っているタンパク質です。つまり、地球上で最も豊富に存在するタンパク質なのです。

 これを上手く活用できれば、環境負荷が低く、持続的に大量生産可能な、例えば、サプリメントのような安価な機能性食品の開発に繋げられるのではないか、と考えています。

 それは、食による新しい健康長寿戦略を提示することにもなり、SDGsの達成にも貢献できることになるのではないか、と考えています。

 もっとも、私も最初から機能性食品の開発を狙ってこうした研究を進めたわけではありません。まず、サイエンスの好奇心が私を動かしたのです。

皆さんも、こうした研究の話を聞いたり、読んだりしたときに、興味を持ったり、面白いと思ってもらえればうれしいです。

 特に、食は、私たちにとって、栄養やエネルギーを与えてくれるものであり、嗜好を満たしてくれるものでもあります。でも、それだけではなく、活動や気力、思考など、私たちのすべてに関わり、改善してくれるものなのです。だから、「食」という字は、人を良くすると書くのです。さらにコロナ禍を経験して、食は重要なコミュニケーションツールであることが再認識されたと思います。

 そんな好奇心を持って食をあらためて見ると、食にはいろんな可能性が秘められていることが、感じられるのではないかと思います。

 現在、栄養生化学研究室(金子研)では、母乳に着目した研究を行っています。

 母乳には脂質が多く含まれていることはご存知でしょうか? 先に述べたように、高脂肪食は成人において肥満を誘導します。しかし、同じく高脂肪である母乳を摂取する赤ちゃんは肥満にはなりません。むしろ、母乳を飲む1年間に発語や独立歩行が可能となるなど発育発達が促されます。なぜでしょうか?

 私たちは、その矛盾を紐解く鍵である母乳の持つ面白い構造、新しい栄養シグナルを発見しました。近い将来、皆様にご紹介できるよう鋭意研究活動を進めています。

 金子研での母乳研究を端緒として、高齢者や勤労世代への応用が可能な食による新しい抗肥満、健康長寿戦略を世界に提示していきたいと思っています。そして、生体における食の構造認識の理解を進めることで、食資源を従来とは異なる形で積極利用することに繋げていきたいと考えています。


英語版はこちら

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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