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法律は「物語」からできている!?

小林 史明 小林 史明 明治大学 法学部 准教授

重要なのは他者を想像する力

 私たちは、実は、とても狭い世界で生きています。本当に見聞きできる世界は、家族、友人、学校や職場程度の範囲ではないでしょうか。

 しかも、その範囲の人たちは非常に同質性が高い集団なのです。家族や友人はもちろん、一定の入試や入社試験を経て集まった人たちは同じレベルや生活環境にある人たちであることが多いでしょう。

 自分とまったく違う世界に住んでいる人と接触するには、相当の努力が必要になると思います。

 すると、私たちは、同質性の高い自分たちの集団の中の常識や価値観が絶対的なものと思い込みがちになります。しかし、その常識や価値観は、その世界の物語のなかで成立しているものなのです。

 それを自覚するためには、無理を押して異なる世界を実際に見聞きすることが一番ですが、時間も費用もかかります。そこで少なくとも、異なる世界を想像することが必要です。

 異なる世界を想像する力がなく、自分が先入観や偏見に囚われていることの自覚がなければ、それは、とても危険なことにもなります。

 例えば、裁判においても、起こった事実だけでなく、被告人の情報が判断に多大な影響を与えます。こんな見た目の人は悪いことをするだろうとか、こんな生い立ちや生活環境にいる人は悪くなって当たり前、という先入観がそれです。

 そうした情報は裁判では披露されやすく、検察側は、それを利用して被告人への厳罰を主張しますし、弁護側は、それを逆手にとって、バイアスを指摘したり、情状酌量の余地があると主張したりします。これらは、フィクションのもつ説得力を利用したレトリックです。レトリックは「事実」から目を背けさせるように見えますが、レトリックこそが「真実」が何たるかを規定しているのかもしれません。

 法はフィクションからできていると述べましたが、どの条文を適用するか、どのように解釈するかという判断は、まさに普及した物語によって作られたフィクションによるところが大きいです。

 法は論理的、科学的に構築されたものと思われがちですが、その根底にあるのは物語られるフィクションです。個々の条文、個々の法の解釈・適用は、大きな法の物語のなかで意味を与えられていくのです。

 物語によって社会が構築されるように、法もそうであるからです。日本の法律と外国の法律では、背景となる物語が違うのです。

 このように考えたときに、むしろ問題なのは、自分たちの狭い世界の常識や価値観を相対化して見ることをせず、絶対と信じ、異なる世界の人たちを理解しないことです。法の物語は、世界や法の見方を形づくりますが、フィクションを基にしていますから、そこから外れてしまう存在が常に取りこぼされていきます。

 それが「他者」です。当事者の言葉を自分たちの法の論理に当てはめようとするだけでは、自分とは違う「他者」である彼らに対する想像が欠如してしまいます。

 もちろん、他者を完全に理解することはできませんが、物語のなかに押し込めて無理やり彼らを理解することは、カテゴリ化から漏れた彼らのリアリティを無視し、差別を生むことになるのです。

 実際に裁判で活用されるのは論理だけでなく、むしろ、物語から生まれるフィクションやレトリックです。だとすれば、良い法律家とは、知識や論理を身につけるだけでなく、異なるものへの想像力を身につけ、感受性を高めることによって育まれることになります。

 そうした想像力を身につけるには、自分の判断は自分たちの世界の物語によってバイアスをかけられたフィクションが基になっている、ということを自覚することから始まります。

 要は、自分の判断が独善的で危ないのではないかと疑うことです。それが、相手や違う世界を知ろう、想像しようという動機になるからです。

 このことは法律家だけではなく、市民の皆さんにとっても同じだと思います。自分の身の回りで、無意識のうちに偏見に基づく判断や差別を行っているかもしれません。それに気づくためには、自分の狭い世界とは違う世界に対する想像力がとても必要であり、重要なのです。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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