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「権利」、「法」、「自由」について、私たちは誤解していないか

森際 康友 森際 康友 明治大学 法学部 特任教授(2021年3月退任)

国民一人一人の権利を守ることが「正義」

 私たち国民が支配者というとき、一部の者にだけ特権があるのではなく、万人に平等の権利があり、それらが互いに衝突することがあります。

 なぜ、一人一人がその権利を行使すると衝突が起こるのか。それは、一人一人の利害状況は異なり、それぞれの利益が同時には実現できないことがあるからです。

 すると、逆に言えば、私たち一人一人に共通の利益や利害があれば、意見は一致することになります。例えば、命はどうでしょう。勝手に殺されてもいいという人がいるでしょうか。そんなことを思っている人は誰もいないと思います。すると、生命への権利は国民全員に共通の利益ということになります。

 同じように、否応なく理不尽な強制を受けることや、自分の所有物が勝手に奪われることをよいという人はいないでしょう。

 つまり、生命権、自由権、所有権は、国民に共通の利益ということになります。すると、これらの権利は、民主主義国家の日本では、国民誰にとっても侵害されないもの、正当に守られてよいものにすべきだということになります。これらこそ私たちが権力者としてわがままに確保したいものです。

 それでも、各人の異なる利害が衝突しあう中で、これらの権利が侵害されることもあります。そのとき、これらの権利を守ることを「正義」と言います。ローマ法大全も「正義とは各自の権利実現への絶えざる永遠の努力」とします。

 しかし、利益や利害が衝突しあう者それぞれが、自分に正義があると思うのが普通でしょう。そこで、紛争当事者のどちらの権利主張を認めるのかを公共的に決め、もって正義を実現する仕組みとして、法や裁判があるのです。

 すなわち、衝突しあう双方が、自分の権利主張の正当性を理屈で主張しあい、どちらの理屈がより正当で、正義として通用するのか、多くの人に納得されうるものであるのかを、平和的、理性的な方法で決める、これが法というものです。

 実は、この法や裁判に関しても誤解があります。例えば、憲法や基本的な法律は、一度制定されたら金科玉条となり、判決も一度出されれば、以後、同じような事案に対して先例となり、同じような判決が出され続けると思われがちです。

 もちろん、そうした側面もあります。法が朝令暮改では信用できませんし、裁判のたびに判決が変わっては、信頼できません。

 しかし、国民のなかに「民主主義は権利実現の制度だ」との認識が高まって悪法を改正する運動が盛んになったり、以前よりいい理屈が出てきて、以前の判決が間違っていた、ということを認めることもあるのです。例えば、最近では、非嫡出子の相続権について判例が変わりました。また、同性カップルの権利も認められるようになってきています。

 すなわち、国民に共通の利益であることにお墨つきを与える「権利」というものをよりよく実現するために判例変更が行われることがあり、それが法律の改正に繋がることもあります。

 つまり、判例変更できるということが裁判制度の強みであり、それは法律の改正とともに、ローマ法以来の伝統である、権利実現という意味での正義に繋がっていくものなのです。

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