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「権利」、「法」、「自由」について、私たちは誤解していないか

森際 康友 森際 康友 明治大学 法学部 特任教授(2021年3月退任)

権利行使には条件がある

 もうひとつ、考えてほしいのは、権利の行使には条件があることです。

 例えば、崖っぷちに道路があり、それは誰もが通行できる道路です。ところが台風があり、その道路は崩れる危険が出てきました。その道路が崩れると、土砂崩れが起こり、崖下の集落の住人にも被害が及ぶため、通行止めとなりました。

 この時、いつもは通れる道路であり、通行する権利があるのだから侵害するなと主張し、通ることが認められるでしょうか。

 この場合の通行権とは、通る人や、崖下の住人の命や財産の安全が守られているということを条件に認められていたのであり、台風によってその条件が満たされなくなっているのであれば、通行止め、つまり通行権が行使できないことが、本人や崖下の人々の命や財産への権利を守ることを意味する。だから、通行の規制が、つまり、「通行権の制約」が正義であるということです。

 もし、崖崩れ寸前でも通行する権利があると考えるならば、正当な理屈によって、多くの人が納得するような権利主張がなければなりません。そういった主張は相当難しいでしょう。

 最初に、公共の福祉による個人の権利の制約、という考え方がもっともなものに聞こえる、と述べた理由もここにあります。「公共の福祉」という大義名分の前では、しょせんは個人の利益にすぎない「権利」はひっこんでしかるべき、との感覚です。

 しかし、公共の福祉とは、国民一人一人の権利に分解されえます。道路通行権の例で見たように、一般に、個人の権利と公共の福祉の衝突とは、国民一人一人のあいだの多様な権利の衝突をいうものなのです。

 そこで考えなくてはならないのは、争われる権利の行使が権利行使の条件に適っているか、ということです。権利には他の権利を侵害しない、との内在的制約があり、それは権利行使の条件を考察することによって正確に導かれます。この場合、通行権は自他の生命権を侵害しない、との内在的制約があるから、崖崩れの虞があるときには通行権の行使はその行使条件を満たさないので否定されるのです。

 そう考えれば、平時には認められていた営業の自由への権利が、それによって店員やお客、その家族など周囲の人々に危険を及ぼす可能性があるコロナ禍によって制限される理由も、自ずとわかるのではないでしょうか。正確には「権利の制限」ではなく「権利行使条件の不充足」ですが。

 しかし、その危険がどの程度のものであるかについて判断が分かれる場合には、どちらに正義があるのかも判断が分かれることになりましょう。公共の福祉による議論の組立は、このような条件成就の有無といった考察方法に馴染まないことがらや裁判所に十分な修練や裁判例の蓄積がない事例については、十分な理論と法実践があれば、有効な省略語法になるでしょう。

 最後に、もうひと言。法と裁判が一人一人がもっている権利を守る正義を担っていると述べましたが、民主主義の社会では、様々な国家機関も同じく、国民一人一人の権利を守るために、つまり正義のために機能しているのです。その機能を担う公務員は、つまるところ、国民の権利を守る管理人です。英語では管理も行政も同じ単語です。が、なぜか、わが国ではお役人の場合には「公共的管理人」と呼ばず「行政官」と呼び、「公僕」と言わず「公務員」と呼びます。

 私たちは、自分の権利が侵害されているときには裁判に訴えたり、正義がより実現できるように法を改正する声を挙げたり、管理人が劣っていると思えば、選挙で政治家を変えることで行政を変えていくこともできます。これが「草の根民主主義」というものです。

 要は、民主主義とは、私たち自身の権利のために、私たちの責任によって運営される正義のシステムであるということです。私たちの主権は、共通利害である権利を実現するためにあるのですから、権利を簡単に制約・規制できるものと考えるのは自己破壊的です。一貫するためには、行使条件不充足の場合のみその行使を認めない、原則として外的規制ができないものと、発想を切り替えるべきです。権利実現とは正義のことですから、民主主義が正義のシステムであることを、もっと自覚し、権利を制約するのではなく、それを真に尊重し、守るために活用していくべきだと思います。

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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