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医師の労働時間の改善が、より豊かな医療の実現に繋がる!?

早川 佐知子 早川 佐知子 明治大学 経営学部 専任講師

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近年、長時間労働を改善する働き方改革が進められていますが、実は、すべての職種の中で、最も勤務時間が長いのは勤務医です。ところが、政府の働き方改革では、医師は例外職種とされています。では、医師の労働環境はどのようなものであり、それを改善するには、どのような方策があるのでしょう。

医師の仕事の特殊性が激務の要因

早川 佐知子 医師、特に、勤務医が激務であることは、皮肉なことに、多くの大学の医学部の入試で女子を差別していたことが明らかになったことをきっかけに、一般にも知られるようになりました。でも、実態はまだまだ知られていないと思います。

 例えば、勤務医には夜間の患者に備えた当直がありますが、患者がなければ寝ていても良いと考えられているため、いわゆる夜勤の扱いになっていないことが多いのです。

 そのため、夜間に患者が多く、ほとんど休めなかった場合でも、翌日はそのまま日勤に就かなければなりません。そのため、ほとんど休むことなく、48時間働き続けることも普通にあるのです。しかも、外来患者は多いし、入院患者の治療もあります。

 その結果、うつ病になるような医師は多く、さらに、過労死したり、自殺する率も高いのです。

 こうした状況の背景には、日本の社会環境があります。

 まず、人口1000人あたりの医師数をOECDのデータ(2017年)でみると、日本は約2.4人で、全体平均の3.3人以下です。

 ところが、人口1000人あたりの病院ベッド数は約13床(2017年)、人口1人あたりの医師診察件数は約12.6件(2016年)で、いずれもOECD諸国の中でトップクラスです。

 つまり、少ない医師で、非常に多くの患者を診ているということになるわけです。

 さらに、医師の仕事には、他の仕事にはない特性があります。

 まず、公共性です。法においても応召義務が課せられています。すなわち、患者が来れば、理由なく断ることはできません。

 次に、不確実性です。患者が多いか少ないかは予見できず、いつ呼ばれるかわかりません。また、それぞれの患者で症状は異なり、治療は個別性が求められます。また、急変にも対応しなければなりません。

 三つ目に、高度な専門性が必要であることです。特定の診療科の医師を養成するには10年以上かかります。つまり、いま、ある診療科の医師が不足しているからと医学部の定員を増やしたとしても、実際に増えるのは10年以上先なのです。

 四つ目に、常に最新の治療法や技術を勉強しなければならないことです。そのため、忙しい仕事の合間を縫って学会に行ったり、知識の習得を行わなければなりません。こうしたスキルアップは医師個人の努力に大きく依存しますし、しかも、こうした努力は勤務時間外に行わなければならないのです。

 こうした特殊性があるため、政府が進める働き方改革においても、医師は例外の職種とされています。

 例えば、一般的な職種では、時間外労働時間は、年間960時間が上限とされています。医師も同じく、年間960時間とされましたが、適用は2024年度からです。さらに、研修医などは年間1860時間とされました。

 つまり、いま、勤務医の労働時間を一般労働者並みにすると、病院の機能がストップしかねないこと、また、若手の医師を育成し、医療の質を高めるためには、長時間働くことも必要ということなのです。

 しかも、医師のネガティブな労働ファクターは長時間労働だけではありません。

 常に、人の生命を預かるという緊張感が続くゆえに密度が高く、強度が高い仕事であること。また、日勤と深夜労働が続いたり、不規則な勤務形態であることも相当なストレスです。

 こうした状況は医師にとっての問題だけでなく、患者にとっては、診察時間が短かったり、ていねいに話を聞いてもらえなかったり、最悪の場合は医療事故にも繋がっています。

 すなわち、私たちの、医療への不満や不信の原因にもなりかねない問題なのです。

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