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2019.10.09

増税による負担増ばかりではなく、受益増についてみんなで考えよう

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日本が学ぶべきはデンマークの「財政民主主義」

倉地 真太郎 日本がデンマークに学べることは様々あると思います。しかし、日本とデンマークでは社会状況が異なる面もあり、ただ、デンマークの制度をパッチワーク的に取り入れれば日本でも成功するというわけではありません。

 もともとデンマークは国民の同質性が比較的高いのが特徴だといわれてきました。再分配前の所得格差や地域間の経済力格差が国際的にみて非常に小さいのです。

 そのため、税制や社会保障制度の制度設計が、みんなで同じように税金を払い、みんなで同じように受益するという合意を作りやすいという特徴がありました。

 しかし、依然として低い水準ではあるものの、所得格差は少しずつ拡大してきています。2000年代以降は、デンマークでも極右政党が台頭し、移民排外主義的政策が実施されてきました。事実上の移民向け生活保護の給付額を半分にしたり、難民の資産を没収したりと過激な政策も含んでいました。

 実は、極右政党・デンマーク国民党の前身は、先程述べた反税政党・進歩党です。デンマークは確かに反税運動を克服しましたが、社会の多様化を背景に、福祉国家を守るために移民を排外しようとする動きがみられるようになりました。

 デンマークの税制や社会保障制度を日本が真似すれば、納税者の合意を得られ、社会統合が進むという単純な話ではない、ということです。

 また、地方財政も、各自治体の自主財源に日本ほど差がなく、中央からの補助金で格差を大きく是正する必要がありません。だから、地方の借金を極力減らし、分権的な財政運営が可能です。その点、巨額の政府債務問題や東京一極集中による地域格差の是正が必要な日本とデンマークでは事情が大きく異なります。

 とはいえ、デンマークの具体的な制度設計をみていくと、精緻でありながら、合理的な形になっていることに気付かされることが多く、その点は日本も学ぶべきところだと思います。

 例えば所得保障制度がその一つです。所得の格差が大きい日本社会こそ、多様な給付制度を設け、一人ひとりの状況に適した制度を組み合わせられるような仕組みが効果的です。

 例えば、住宅手当の給付額は家賃水準や所得水準と連動するのですが、その一方で質が低すぎないように、家賃が上がりすぎないようにコントロールしているので、適切な家賃・質で給付額も過大になりません。その点、デンマークの所得保障の制度設計には注目すべきです。

 さらに、制度設計の観点からいえばデンマークの付加価値税も興味深い特徴があります。デンマークでは日本の消費税にあたる付加価値税が25%もありますが、食品などの軽減税率が新聞を除いて設けられていないのも特徴です。このことは欧州諸国の中で珍しいといえます。

 日本では、消費税10%に向けて軽減税率の議論が盛んでしたが、軽減税率は非常に非効率な制度です。

 例えば、生活必需品は税率が高くても、みんなが買います。それを軽減税率にすると、税収が大幅に減ってしまいますし、その軽減税率の恩恵は高所得者も受けます。

 確かに消費税には逆進性といって低所得者の方が相対的に負担が重くなる特徴があります。ですが、軽減税率を設けず、減らなかった税収分を低所得者の給付に使う方が、再分配効果は高くなります。

 もちろん、デンマークでもかつて反税運動の際に軽減税率を求める運動がありました。ですが、デンマークでは、軽減税率ではなく、所得税と給付によって格差を是正していく考え方で付加価値税を維持してきたのです。

 日本では、税金を取られることは損と思いがちですが、デンマークや北欧では、自分で貯蓄するのも税金で納めるのも、自分のお金をどこに移すのかというだけの違い、という考え方があります。どこに移すかの違いであれば、老後のために多額の貯蓄をする必要はありません。むしろ、国や地方政府に預ける方が安心で効率的と考えているのです。

 デンマークで、納税者にこうした考え方が根づいていったのは、1970年代の「納税者の反乱」がきっかけですが、その後、国と地方政府は税率を下げて納税者の不満を和らげるのではなく、むしろ、税率を上げるなど、高負担化を進めました。

 高負担化が可能であったのは、税制を改革して、公平感があり、受益感のある制度にしたからです。ですが、何よりも大切なことは、税や社会保障制度に対する理解を深めるために、草の根レベルで、若者から高齢者まで幅広い市民が政治の議論に参加していったことです。

 デンマークでは10代から地方政治の運動に参加することは普通で、最近では24歳の市長が誕生しました。ある意味では、かつての反税運動もデンマーク政治のダイナミズムの一つかもしれません。反税運動で指摘されたデンマーク税制の欠陥が放置されれば今の姿はなかったのですから。

 もっとも、移民排外主義運動に対して北欧諸国モデルの持続可能性が疑問視されていることも事実です。ですが、デンマークの人々は日々の政治参加を通じて、この課題を乗り越えていこうと考えて続けています。

 つまり、「財政民主主義」と正面から向き合い、それを推し進めてきたのだと思います。80%を超える高い投票率はその証です。日本が学ぶべき点は、まず、そこだと思います。

>>英語版はこちら(English)

※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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