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「自己責任」を押しつける社会に多様性はあるのか

宮本 真也 宮本 真也 明治大学 情報コミュニケーション学部 教授

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最近、いじめやパワハラ、セクハラなどが大きく報道されることが続いています。そこには、様々な要因がありますが、社会的「承認の欠如」もそのひとつだと言います。あまり聞き慣れない言葉ですが、非常に重要な視点だと言います。この社会的「承認」とは、一体どういうことなのでしょう。

社会的「承認」は3つに分化している

宮本 真也 「承認」とは、「受け入れる」ということです。相手の話を承認したと言えば、相手の言い分を聞き入れた、受け入れた、ということです。

 それは、人に対しても同じことが言えます。私たちは、日常生活において、常に、誰かを受け入れたり、受け入れられたりしているのです。

 「承認」概念を軸に独自の社会理論を作り出してきた社会哲学者のアクセル・ホネットによると、人に対する「承認」には二段階あります。まず、最も基礎的な「承認」が、つまり、人を人として認めること、つまり、その人の存在を認めることがあります。

 私たちは、見知らぬ人に対しても、初めて会った人に対しても、敬意を抱き、物や動物に対するような態度をとったり、邪険に扱うことはしないでしょう。それは、人を人として認めているからです。

 この基礎的な「承認」を「本源的承認」と言います。

 しかし、現実には、人を人と思わないような振る舞いもあります。それどころか、見えているのに「見えていないふり」をすることもあります。例えば、満員電車から降りるとき、周囲の人をまるで物のように黙って掻き分けるようなことがあります。

 都市に暮らす人にありがちなことですが、これは、狭い密閉空間にあまりにも多くの人がいることや、ここで降りなくてはならないという焦りによる特殊な状況によるものと思います。

 この「本源的承認」は人の存在そのものに対する原初的な「承認」ですが、この「承認」が基づく、次の段階にある社会的「承認」はちょっと複雑になります。

 まず、社会的「承認」は3つに分化し、それに応じて社会関係も分けられます。

 ひとつは、愛情と友情によってつくられる社会です。家族や親友などの関係がそうです。

 次に、自由と平等な関係による社会関係です。一般的に考えられている市民社会と見て良いでしょう。公共の空間では誰もが自由で平等同士であり、それは法律や権利によって保障されています。

 3つめが、メンバーが特定の価値によって結ばれた、価値共同体です。ここには一方で、伝統や、地域文化を分かち合うものたちからなる地域共同体が含まれます。他方で、それとはまったく逆のものに思えるような、経済的価値、利益によって結ばれる社会も含まれます。わかりやすいのは企業です。

 この3つの社会における「承認」は、それぞれ質的に異なっています。

 例えば、愛情の社会における人間関係は、基本的に対等な見返りを期待しません。親は、見返りを期待して子どもを愛して育てるわけではないでしょう。だから、そこでの「承認」は無条件です。

 それに対して、企業や価値共同体での人間関係は、能力や効率、社会や地域に役に立つことなどによって成り立っています。能力の高い人、貢献度の高い人は評価も高く、その社会から受け入れられやすくなります。つまり、その人の成果や能力がひとつの条件になって「承認」がなされます。

 もし、この価値共同体での「承認」のように、親が勉強のできる子は受け入れるが、そうでない子は受け入れないとしたら、子どもはどんな気持ちになるでしょう。

 逆に、企業で、仕事はできないが、好きだからという理由で部下を評価する上司がいたらどうでしょう。

 あるいは、市民社会では誰もが平等なのだからと、仕事のできる社員も、できない社員も同じ待遇にする企業があったら、仕事のできる社員は逆に不当な思いを抱かないでしょうか。

 つまり、3つの社会における、それぞれの「承認」を混同することは、誤った「承認」であり、それによって「承認の欠如」に繋がることになりかねないのです。

 そして、「承認の欠如」によって、人は不当な思いを抱き、それは怒りや悲しみになっていくのです。

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