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「自己責任」を押しつける社会に多様性はあるのか

明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 宮本 真也

「承認の欠如」の痛みに共感できる社会に

宮本 真也 なぜ、相手をそれぞれの社会状況において適切な承認の基準にしたがって、正しく自分たちの社会の仲間と見なさずに、軽視したり、排除するような行為が続けられるのでしょうか。

 それはまず第一に、その社会における「承認」の規則が混同されたり、また、すでにある目的や、習慣が優先されるがために意図的に「承認」の規則が歪められてしまう、間違った連帯が生まれ、社会に広がることがあるからだと思います。

 この連帯が第二に問題であるのは、「承認」を損なわれる人の痛みに共感する私たちの感受性がはたらくことを阻害したり、共感しないことを正当化するからなのです。

 この感受性の阻害とは、まず、人を正しく承認しないような振る舞いをする人にあらわれ、次に「承認の欠如」や「誤った承認」に苦しむ人びとの状況と、その状況についての訴えを正しく認識できないことにつながります。

 これらの結果として、マイノリティとして差別される人たちや、パワハラやいじめ、虐待を受ける人たちはものすごい痛みとともにその状況に居合わせるのに、それに対する共感や共有が希薄であるために、それは可視化されることもなく、大きな社会問題にならないことがあります。

 むしろ悪いのは「承認」が得られない人の方と見なす側による、間違った連帯が生まれてしまったあとでは、いじめられるのはその人に問題があるからだとか、ワーキングプアなのはその人が努力を怠ったからだ、などという自己責任の論理が持ち出されます。

 その結果、「承認の欠如」に対する異議申し立てをも非難し抑圧する論理が生まれ、私たちは、その不当性に気づくことにも鈍感になってしまうのです。さらには、そもそも「承認の欠如」に怒り、苦しむ人びとや、彼らに一応の共感を抱く人たちですら、こうした論理を内面化してしまうことがあります。

 この場合に当事者を苦しめるのは、「承認の欠如」から来る苦悩だけではなく、苦悩を抱く自分に対する自責の念から来る苦悩という、二重の苦しみです。

 なぜ、私たちの共感の能力が十分に発揮できないようになってしまったのか。それは、資本主義的な文化における価値観が、私たちの生活領域の他の部分においてまであまりにも強くなっているからかもしれません。

 本来、企業などの価値共同体で認められていた効率や経済的能力という価値観が、あらゆる社会に蔓延しているのです。

 例えば、子どもに、「役に立つ人になりなさい」、と教える親や大人は昔からいました。この「役に立つ」という言葉は、本来、多義的です。「社会のためになる人になりなさい」でもいいですが、それは「困っている人をすすんで助けましょう」とか、「他の人と協力してこの社会を一緒に作りましょう」とかも、意味しているはずです。

 しかし、現代のその言葉は、経済的な価値を生む人になれ、という論理に安易に入れ替えられていないでしょうか。そもそも人物をめぐる価値は多元的です。それが分かりやすい利益や利害に照らして「生産性がある/ない」に限定されてしまう傾向は、残念なことに強いと考えます。

 あるいは、一人ひとりがアントレプレナー精神、いわゆる起業家精神をもって生きる社会が良い社会だという考え方が広まっています。

 それは、ひとつの考え方、ひとつの価値観で重要です。しかし、それが一元的な価値観になってしまい、他の多様な価値観が認められない社会になっているように思われます。大学で教えていると、そうした価値観に基づく期待や要求の強さに呆れることがあります。

 経済的に成功することが良いことで、そのためには競争社会で勝たなくてはならない、という資本主義的な価値観に支配され、他者への共感や共有への関心が希薄になると、実は将来的には経済的な領域を支えているものまで揺らいでしまうと思います。

 例えば、社会福祉や社会保障制度に対する理解が失われ、弱者や、あるいは高齢者を置き去りにしていく社会は、はたして経済的に成長していく社会なのでしょうか。相互的な配慮に基づく制度がもしもこれから先に失われてしまうとすれば、ある程度豊かな生活を送れる人びとが、さまざまな社会階層からあらわれる仕組みもなくなります。

 企業と富裕層が儲かる時代は続くでしょうが、社会としては先細り、そのあとはいくらがんばっても発展は期待できないと思います。それすらも想像できないほど、私たちは近視眼的に、短いスパンでしかものを考えられなくなっているのかもしれません。

 とはいうものの、一方で、将来において期待が持てそうな気がするのは、具体化が追いついていないにしても、なんといっても多様性が時代の言葉となりつつあることです。現実の日本社会に生きる人びとが、客観的に見ても多様になりつつあり、それに対応することへの関心や要請が高まっています。

 例えば、近年、障がいのある子どもの就学の場を広げるインクルーシブ教育を広める動きが起こっています。これによって多くのことを学べるのは、障がいのある子どもだけでなく、いわゆる健常者の子どもたちも同じです。

 また、私が子供のときとは異なり、小学校の教室においてもさまざまな出自の児童がいることも珍しくはありません。それに応じて、市や区が独自に国際交流プログラムや、日本語も含めた語学教室も開催しています。

 このように子どもたちは、本当の多様性を身近に学びつつあります。この子供たちの学びを、私たちは私たちで多様性という価値の実現について考えながら、損なわないようにしないといけません。このことを社会に広げていくことが、将来的には私たちの社会を、「承認の欠如」に敏感で、他者の苦悩に対する高い感受性を持つものにすることに繋がっていくと思います。

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※記事の内容は、執筆者個人の考え、意見に基づくものであり、明治大学の公式見解を示すものではありません。

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